2018年10月4日木曜日

PLATFORM・6 ~ Nさんは鋼の手

とりとり市では、お盆の頃に、傘に鈴をつけてシャンシャン鳴らして駅までの通りあたりを踊りながら練り歩く祭りがある。

「しゃんしゃん祭り」というやつだ。

この「しゃんしゃん祭り」は、いわゆる雨乞いらしいのだが、ほぼ高い確率で、本当に大雨になるのだ。

マウスキーも子供の頃に祭りに参加し、踊りはじめの頃に大雨に打たれ、傘は破れ、体は冷え切り、途中で祭りが中止になり、何のために練習したのだろうと心も打ちのめされたという思い出がある。

帰りにブルーハワイの味のかき氷を食べたのだが、ひときわ冷たくて、凍えながら帰宅したのが印象に残る。

それからというもの、マウスキーはしゃんしゃん祭りに興味がなくなった。

そんな祭りなのだが、翌日に花火大会が毎年予定されているのである。

高い確率で雨が降る雨乞いダンスの後に、花火大会なんかがあるせいで、毎年、朝の間は小雨が降っていて、「今日は花火があるのかなぁ」と心配しなければならない。

で、結局のところ、「なんぞ、これしき」と言って花火大会を続行するのだ。

それがとりとり市の一年に一度のビッグイベントである。

その祭りが近くなってきた頃、お店の方でも出店の企画が始まっていた。

どうやら、一年前は出した出店の場所も悪く、あまり思ったような売り上げにはならなかったようだ。

そして、話し合いの末、出店に出す品ぞろいが決まった。

メニューは以下の通りであった。

・おにぎり
・からあげ
・フライドポテト
・フランクフルト
・かき氷
・コットンキャンディソーダ

とっても多いようである。

さて、そこで、おにぎりを握るのはとっても熱いし、大変だという話をDさんと(この日はどうもマウスキーは、Dさんと出勤日が同じだったようだ)Mさんが始めていた。

すると、Mさんは、「Nさんに頼もう!」と、張り切って言い出したのである。

「何せ、Nさんは、どんなつきたての熱い餅だろうと、平気で丸める事が出来る鋼のような手を持っている!」と、いつもの二倍はあるテンションで元気いっぱいにMさんは語り続けた。「熱い米を握るのは、Nさんに任せたらいい! 彼女の手は、皮の薄い私達の手とは違う! 鋼の手を持っとるだけ!」
どんどん「鋼の手」の単語に力が入るMさん。最後のあたりは、おじさんのようなひねりまで入れていた。

「あの人はどうせ表に出たがるで」と、明らかにMさんよりローテンションで、Nさんの手の皮なんかどうでも良さそうにDさんが答えた。

しかし、まだまだ元気なMさんは、「その辺は大丈夫! Nさんには鋼の手でおにぎりを握ってもらうように頼めばいい!」

しかし、Dさんの機嫌は直らなかった。

どうやら、Dさんは何かとNさんが厨房を出てウエイトレスをしたがる習性がしゃんしゃん祭りの出店の時にも出てくるんじゃないか、という所が気になって仕方がないようだったのだ。

その為、Nさんの手がシルクの手だろうと、鋼の手だろうと、Dさんにとってはどちらでも良かったのだ。




しかし、Mさんの力説により、しっかりとマウスキーの心には「Nさんの手は鋼の手なのだ」という事実が刻み込まれた事は言うまでもない。

そして、後日もMさんは祭りのメニューの話になるたびに、「Nさんは鋼の手を持っとるけーな」と、何とも嬉しそうに語っていた。

Nさんの鋼の手っぷりをマウスキーも見てみたいとは思ったのだが、しゃんしゃん祭りの日は県外の親戚の家へ行く予定だったので、お祭りの出勤は断っていた。

しかし、特に何の問題もなかったようだ。

Dさんのお孫さんがバイトで入ってくれるようになっていたらしい。

全員若くて、現役高校生もいるらしく、働き者だとDさんもイチオシしていたので、お祭りもきっと上手くいくだろうとマウスキーは思って聞いていた。

ちなみに、このお店は日曜日と祝日がお休みなので、お盆はまるまる休みとなったため、出勤日は大きくあいた。

この頃、マウスキーは所属している笛の会のコンサートを間近に控えていて、そっちでも忙しくしていた。

仕事場の人をプライベートな事に誘った事はないのだけれど、このお店の人達は仲良くしたいし、誘ってみよう、そんな風に考え始めていた頃だった。

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