2020年5月3日日曜日

PLATFORM・18 〜木の祭り─後半戦

午後になるにつれ、Mさんの読みは当たった。

ちらり、ほらりと人が多くなってきた。

そして、フライドポテト作戦も大成功だった。

ハンバーガーを買う人間は、自動的にフライドポテトも買うし、コーヒーも買うのだ。

それだけではなく、お昼のおかずにするために、おでんの購入も思ったよりもあった。

ハンバーガー、フライドポテト、コーヒー、おでん・・・

一体何個売ったんだ? 何を、何個売った?

正の字の書く場所、間違ってないか? ここであってるのか?

もはや、人が多くなってきた途端に、あれほど自信たっぷりにカウントの腕を自慢していたマウスキーは、数の把握がいい加減になってきてしまった。

フライドポテトを買った後で、追加で買って行く人間もいた。

とにかく、フライドポテトが馬鹿ほど売れていくので、何度も何度も店内に走って行って補充しなければならなかった。

その店内はというと、イケさんとナカさんが地獄の真っ只中にいるかのような形相で、延々とフライドポテトだけを揚げ続けていた。

フライドポテトを揚げ続ける作業に苦しくなったのか、時々ナカさんがフラリと厨房から出てきて売り場に顔を出し、揚げ物を放棄する瞬間も見られた。

それほど大繁盛して忙しかったのである。

きっと、Mさんの「とにかく目立つ!」というコンセプトの元に作られた、あの大きな垂れ幕が一役買っていたに違いない。

そんな忙しい真っ只中の時の事である。

隣でハンバーガーに挟むためのハンバーグを焼いていたMさんが、苦笑を浮かべながら「来たで」と口走った。

あまりの忙しさに周囲が見えていなかったマウスキーは、一体何が来たのだろうとビックリして周囲を見渡したところ、嬉しそうにヘラヘラ笑いながら、Hさんがやって来た。

久しぶりでHさんを覚えていない方もいると思うので、今一度紹介しておく。

平凡、俗物、凡庸という言葉を具象化し、二本足で歩かせたような人物、それがHさんである。


認知してもらっている事が嬉しいらしく、忙しい時にやたらとかまって欲しがるHさんは、やって来るなりホットコーヒーを注文した。

この時点で、ハンバーガーやおでんを注文するなら、まだ歓迎していいのだが、何かとケチなHさんは、基本的にPLATFORMに顔を注文出す時は、コーヒー一杯だけで接待して欲しがるのだ。

しかも、ハンバーガーを作るのに忙しくしているというのに、ホットコーヒーだけ注文するというのは、非常識もいいところだ。

怒りを感じながらホットコーヒーを用意し、Hさんに差し出したところ、奴はこう言った。

「ミルクと砂糖も入れるよ〜」

ポケットに手を突っ込んだまま、上から目線で喋るHさん

こんなに人を殴りたいと思うほどイラッとする事は、今まであまりなかった。
そう、あの美○という喫茶店にいた時ですら、こんなイラつきを感じた事はない。

怒りを押し隠しながら、マウスキーは大人な態度で、ミルクと砂糖をHさんの前にポイと置くと、「どうぞ」と言って、他のお客さんの接客を続けた。

すると、横からHさんは「入れてくれないの〜ッ」と、絡んできたので、「はい、セルフです」と言い切った。

しかし、実はセルフではなく、みんなには要望を聞いて、親切に砂糖やらミルクを入れて、混ぜたものを渡していた。

これが大人の嘘である。

とにかく、一番忙しいピークの時に、Hさんは現れ、コーヒーを注文したという事ですら、邪魔をしに来たように感じられた。
とことん損な人間だなと関心する。

気がつけば、パンも底をつき始め、かなりの量を売り切っていた。

見たところ、おでんより、ハンバーガーが売れていたようだ。

この戦い、ハンバーガーの勝利となった・・・だが、問題が残った。

木の祭りの終了後、Mさんは大盛況だったので機嫌良さそうにしながら、マウスキーが一生懸命にメモしていたカウントを確認した。

「数はこれでいいよね?」

──え? 正の字って何の事?

マウスキーは驚いてメモを見た。

そう、あまりの忙しさに、途中から正の字で売れたものをカウントするという業務を忘れていたのである。

平に謝りながら、記憶を元に必死に正の字を書き足してながら、カウントする事の難しさ、レジスターという存在の偉大さを切に噛み締めたのであった。


つづく。

⇒PLATFORM・19 〜木の祭りが終わった後で

2020年5月1日金曜日

PLATFORM・17 〜木の祭り─前半戦

とうとう祭りは来た──。

Mさんは一人で大きな垂れ幕も用意し、準備万端の様子であった。

その垂れ幕に書かれていた文字は、あれである。

ハンバーガー VS おでん

それは、いざ垂れ幕で見ると、少し恥ずかしさを感じるものだった。

「とにかく、如何に目立つかが重要なんよ」と、Mさんは自信たっぷりに言うと、早速、自ら店の前に垂れ幕を設置しはじめた。

他にも、諸々の材料や、ハンバーグを焼くためのホットプレートや、色々な材料も自前で用意していた。

極めつけには、オモチャの綿菓子製造機までも設置した。

確か、購入金額に応じて、無料で綿菓子をセルフで作っても良いという子供向けのサービスだったと思う。

机を2階から持って降りたり、ホットプレートのセッティングやらを完了させると、戦闘準備が完璧か最終チェックを行った。

「後は、売った個数を間違えんことや」と、Mさんが言ったので、すかさずにマウスキーは自信たっぷりに答えた。

「任せて下さい。数を数える事には自信があります。正の字でバッチリと記入しておきますよ!!」



一体、どうしてあの時、自分はこれほどまでに自信に満ちあふれていたのか、今では分からない。
もしかすると、Mさんの準備が万端であり、大きな垂れ幕の力強さも相まって、無駄に自信がついていただけだろう。

とにかく、この時のマウスキーは、数の間違いなど1つたりともするはずがない、しないのが普通だとも思っていた。

さて、そうこうしている内に、とうとう祭りが始まる時間帯になった。

人の数も、チラリ、ホラリと見え始めた。

PLATFOEMは、場所的には歩行者天国のスタート地点に位置しているため、その場所が客寄せに有利となるか、不利となるかは、微妙なところだった。

とりあえず、人はスタート地点から、いきなりハンバーガーを買ったり、おでんを買ったりはしないだろう。

一旦は祭りの様子を買ったりぐるりと見ようとするに違いない。

まさしく、始まりの瞬間は、肩透かしを食らった。

まるで、川を仲良く泳いでいくメダカ達を目で追うように、マウスキーとMさんは人々が祭りの中心部へと流れていくのを見守っていた。

まぁ・・・こんなものだろう。

ちなみに、紹介もしなかったが、とりとり市の夏には傘踊り祭りというものがあり、その時の祭りにもPLATFORMは参加していたらしいが、マウスキーはこの祭りの時には参加していなかった。

この時は、Dさんがまだ店に健在だったので、店の手伝いはDさんの姪っ子達が手伝っていたそうだ。

Dさんの姪っ子は、なかなかのギャル子だったらしく、男がわんさかと群がり、それなりに大盛況だったという。

メダカのように流れる人間を見送りながら、マウスキーは何故だかそんな話まで思い出してきてしまった。

これが、ギャル子と三十路の格差なのか──と。



殆ど寄り付かない人たちを眺めている間も、Mさんはそんな事も想定内だという表情だった。

「いったん祭りをまわってウロウロした人間は、確実にこっち側に戻って来る。その時はお腹も好かせていて、手頃に食べれるハンバーガーやフライドポテトを所望するに違いない」という読みであった。

記入漏れをしていたが、食べ物のメニュー以外にも、ホットコーヒー、アイスコーヒー、オレンジジュースなどのドリンクメニューもあったので、これらも併売につながるはずである。

つまり、PLATFOEMの勝負は、前半ではなく、後半にかけたものだったのだ。

そうして、Dさんもいなくなっている今は、秘密兵器のようなギャル子もいないまま、いよいよ後半戦へと突入していった。


つづく。

2020年4月28日火曜日

PLATFOEM・16 〜木の祭り計画

実は、以前からMさんが「2階のスペースを使ってコンサートは出来ないか」のという話を耳にしていた。

最初にその提案を聞いた時は、笛の会のコンサートも無事に終了し、少し調子づいていた時の事だったので、「出来ると思いますよー」と、軽いノリで答えていた気がする。

しかし、次にその話題が出た時は、状況がずっと変わっていた。

それは、hatao先生の元へ一日集中レッスンという名の武者修行に出かけた後の事だったからだ。

「いやいや、とんでもない。コンサートを完璧なものにするなんて、1年と言わず、2年とかかる。絶対に無理です」

と、マウスキーはMさんに強固としてコンサートの依頼を断るという事をした。

実際、自分のレベルの低さに少し落ち込んでいた時期なので本心から無理だと思っており、「そうなんだ、そんなに大変なんだ・・・」と、Mさんも腑に落ちなかっただろうが、何となく納得してくれた。

その為、この話題は当分はMさんの口から出る事はなくなった。

そんな事よりも、PLATFOEMは、来る11月初旬に「木の祭り」というイベントに向けて、準備を始めていた。

全く何の責任感もない、マウスキーと、Nさん(次回からナカさんと表記)、少しは責任感があっても良さそうなIさん(次回からイケさんと表記)の三人は、企画の提案をする気もなく、ぶらぶらと過ごしていた。

そんなやる気のない我々を相手にもせず、Mさんは学んできたマネジメントのアイデアを実践すべき計画を立てていた。

そして、とうとう木の祭りでのPLATFOEMのコンセプトが決定された。

店の名物として売り出したい、とりとり和牛のハンバーグと、実は隠れたファンもいる店のおでんを対決させる、というものであった。

そう、Mさんが決めたコンセプトは、

ハンバーグ VS おでん

であった。



ハンバーグとしては屋台メニューに適していないため、ハンバーガーとして売るという案。

サイドメニューにはフライドポテトも用意する事になった。

ハンバーガーにはフライドポテトが当然欠かせないのは分かる。

「いいっすね、いいっすね!」と、マウスキーは賑やかなコンセプトにすっかりテンションを上げた。

今までやる気がなかったが、このコンセプトには俄然やる気が出た。

ハンバーガーとおでんは500円。
フライドポテトは1カップが150円。

なかなか屋台飯にしてはお手頃価格に設定していたと思う。

当日の前には、Mさんが試作品を作ってくれたので、早速食べたが、屋台飯とは思えないほどヘルシーで美味しいものだった。

これは絶対に売れる!

ハンバーガーもご馳走してもらったマウスキーは、完全にMさんの為に出来る事は尽力しようと決意した。

それに、引きこもりで不登校児であったマウスキーは、高校も通信校通いであり、学芸祭的なものには無縁の人間だったので、祭りの参加というのは新鮮で初めての経験だったので、それは準備段階でも貴重で楽しい経験となった。


つづく。

2020年4月26日日曜日

マスク作りからの逃避行

ブログではあまり語っていなかったが、マウスキーは洋裁が好きだ。

しかし、今の世の中で、洋裁を愛している人間にとって、非常に苦難の時である事を、皆さんがご存知だろうか?

何が大変かというと、実は、今の世の中で、あるもの以外に生地が使えないという現状なのである。

そう、あるものとは、マスクである。

洋裁に多少なりとも心得のある人間は、家の押入れにしまい込んでいたミシンを取り出し、マスクを作らなければならない世の中となっているのだ。

──ドレスが作りたい、3匹の新しい服が作りたい、洋裁の勉強に使うための生地が欲しい──

そんな事は、この、マスク戦争の戦時下では決して思ってもいけない事だ。

洋裁が出来るくせにマスクを作らないなんて奴は、非国民として即軽蔑の的になるに違いない。

結局、世の中のこんな風潮に負けてしまい、マウスキーも洋裁の心得がある人間として、人並みにマスクを作る事とした。

普通のマスクを作るだけは悔しいので、刺繍ミシンで猫の顔の刺繍入りマスク

これで、胸を張って洋裁をしていると言えるし、他のものを作ったらいいんじゃないか、そう思う人もいるだろう。

しかし、そんなに事態は簡単な事ではない。

マスク作りが奨励され、国をあげてのマスク作りが盛んとなってしまった今、大問題が起こっているのだ。

その問題とは、以下のものである。

・新品のミシンの在庫がない。
・生地がない。
・糸がない。
・まち針がない。
・ピンクッションもない。
・手芸店が休業。
・ゴムがない。

マスクどころか、糸がないのでは服なんか作れない。
最寄りの手芸店はどこも閉まっている。

挙げ句に、マスク作り功労賞を貰えるんじゃないかと思えるほどに、マスク作りに貢献している人達は、白い糸、生成りの糸、黒い糸などから、薄い色から攻めていって糸を買い尽くしているらしい。

ちなみに、手縫い糸もない──。

やってられるか!!

そんな苦境のせいで、完全に洋服作りにやる気をなくしたマウスキーは、久しぶりにマスク以外の物を作る事にした。

実は、マウスキーにはミシンを購して以来、ずっと習っているミシンの師匠がいる。

本日は師匠の元に行き、畳ヘリの鞄と、糸立ての作り方を習って作成してきた。

こちらが糸立て。

業務用の太巻きの糸や、刺繍ミシンの下糸をロックミシンの糸を使ってボビンに巻く時などに便利な品物だ。

そんなわけで、ぼちぼち業務用の糸も、マスク作りの犠牲になっていくだろう。

そして、こちらが畳ヘリの鞄。

ジャーン
今回は刺繍ミシンで刺繍も入れてみた

横にはサイドポケット

内布は青色にした。
キーケース、財布、スマホが入るくらいの大きさ

久しぶりにマスク以外の物と向き合えて、クリエイティブな事をしているという充実感に満ちた時間をしている過ごす事が出来た。
これで、すっかり精神的にリフレッシュする事が出来た。

日々、思考の3分の1はマスクで占められているためか、非常に貴重な時間であった。

だが、明日からは再び、マスクの型紙と睨み合う事だろう。

布と糸が尽きる、その時まで・・・・


〈おまけ〉

撮影中、何度も邪魔しに来た茶々丸。

完全に妨害

自分が撮影されている気分らしい

自分が入れる大きさか検討し始める茶々丸

挙げ句の果てに大あくび

すごく邪魔されたのに、可愛いから怒れなかった。

可愛いっていうのは無敵だ。

2020年4月25日土曜日

アイリッシュ入門の旅・10 〜レッスンのおわり

レッスンが終わった後、学んだ事で色々と聞き逃した事があるかもしれないと不安に感じたマウスキーは、再びレッスンをしてもらえるように、hatao先生にお願いをしてみた。

「いいですよ」と、hatao先生は答えてくれたが、驚くべき事に、日程が見事に合わなかったのである。

マウスキーも、姉マウスキーも、hatao先生も、当然年末は忙しい時期なので空いていない。

残念ながら、何かまた困ったり分からない事があったら、連絡フォームからレッスンを申し込む事にしようという事になり、とうとう帰宅する事になった。

「お世話になりました、練習を頑張ります」と、誠心誠意の感謝の意をhatao先生に伝えると、やっとの事で修行を終えて下山した。

とは言っても、歩いたのは先生に教えてもらったバス停の場所までである。

上り坂がキツいという事は、下り坂もキツい。

つま先が痛い。


その後は、バス停に乗り、駅に着いたら電車に乗り、タクシーであの何もないバス停まで送ってもらった。

その間の記憶が殆どないほど疲労していた。

しかし、誤解がないように言わせてもらうと、一日集中レッスンは大変身になるし、地獄のようにハードだと連呼していたが、個人差を伴う事だとは思う。

マウスキー姉妹のように基本的に集中力が散漫な人間にとって、一日集中型がかなりキツかった、それだけの事だ。

もちろん楽しかったし、新しい事を覚えるというのは面白い事である。

きっと上達もするはずなので、疲れ切ったけれども今でも一日集中レッスンを耐え抜いて良かったと思っている。

ただ、問題が今残っているとするならば、習った内容があまりにも膨大なものを凝縮して習ったので、数年経った今でも、再び先生に習うような疑問を見つける事も出来ず、習った全ての技術を昇華出来ずにいる。

そして、何よりもケルト音楽は好きでも、輪の中に入ってセッションするのは、人混みが嫌いなマウスキーにとっては憧れるが、実践したいと思わないものである事。

向き不向きは絶対にある。

結局、現在は装飾音とアイリッシュ奏法を混ぜこぜで笛を演奏する事を楽しんでいて、趣味の範疇におさまってしまった為、本格的にアイルランド音楽を極める気が全くない。

そして、「色んな演奏を聴くのが上達の一歩」という言葉の通り、手当り次第にCDを聴いて、地味に新しい曲を覚えて演奏する事が出来るようにもなったので、一日集中レッスンはとても大きな存在となった。

hatao先生には、一日という貴重な時間を削り、丁寧に教えていただいた事を深く感謝している。


追記

そういえば、hatao先生は我々マウスキー姉妹が行くまで、老人の姉妹が訪問すると思っていたらしい。

想像していたよりも若い姉妹で驚いたそうな。

先生があまりにも高齢の女性慣れしているせいか、マウスキー姉妹がメールで送った文章のせいか、それは未だに定かではない。

ちなみに、以下がレッスンの前に送ったメール分である。

おはようございます!

10月5日の自宅レッスンを申し込んでいました、マウスキーです。
当日ですが、順調にいけば、先生のお宅には11時頃にお伺い出来るかと思います。

テキストは『ティン・ホイッスルを吹こう』を最後まで目を通して、『地峡の音色』はカットやタップの練習をしているところです。
技術に躓きつつ、自分のピッチの悪さに驚愕している次第です。

姉妹ともども、どうぞよろしくお願いします。」

今見直した。

「地球の音色」を「地峡の音色」と誤字があった。

今更だが穴があったら入りたい。

おしまい。

2020年4月24日金曜日

アイリッシュ入門の旅・9 〜 とどめの初見大会

やっとの事でレッスンも終わり、頭痛で意識が朦朧としていたところ、hatao先生が嬉々として、「Hector the Hero」というタイトルの、アンサンブル譜に編曲してある楽譜を渡してくれた。

こんな曲です⬇ ※編曲は違うものでした
https://celtnofue.com/play/download/download_detail03---id-515.html

「リコーダー・アンサンブルをされているんですよね。これは、ティン・ホイッスルのところをソプラノ・リコーダーで代用出来るし、ロー・ホイッスルのところをテナー・リコーダーで代用する事が出来ます。コードも書いてあるので、ピアノが出来る人や、ギターが出来る人に伴奏を頼めますよ」と、いう事だった。

そして、「僕がフルートでロー・ホイッスルのところをしますので、やってみましょう!」との事だった。

疲れているので嫌です、勘弁して下さいと、この時に誰が言えるだろうか。

せっかくのhatao先生とアンサンブル出来るチャンスなのだから、血を吐こうが死のうが、吹きたいのが笛吹きである。

と、いうわけで、ギリギリだったけれども、挑戦してみる事にした。

とりあえず、何でも矢面に立つのが嫌いなマウスキーは、1ndは姉マウスキーに快く譲る事にした。

そんなマウスキーの様子を見て、hatao先生は、「1ndも2ndもそんなに変わらないですよ」と真顔で言っていた。

その言葉は嘘ではなかった。

どのパートも、平等に矢面に立たなければならないように出来ている編曲だった。

しかも、初見大会にしてはレベルが高かった。

リコーダーに持ち替える事が出来るならまだしも、運指が危ういティン・ホイッスルでこのレベルを初見なんて鬼だった。

そんなわけで、言葉数が少なくなってきたマウスキー姉妹は、この曲の初見をもって、全てのエネルギーを使い果たしてしまったというわけである。。

疲れた・・・集中力の限界を見た。

一日集中レッスンとは、己の限界に最大限まで挑みをかける、そんなレッスンであった。

そして、レッスンというものが、どうして大体1時間くらいで割り当てられるのか、そういう理屈も理解が出来た。

集中力を保てる時間が、そのぐらいに違いない。

休憩時間も殆どなく、ぶっ通しで新しい事を覚えていくというのは、正気の沙汰ではない。

──甘く見ていた・・・こんなに疲れ切ったのに、マウスキー達はまたあの複雑な道を後戻りして、とりとり市の自宅まで帰らなければならないのだ。

そして、くたびれきったマウスキー達のために、hatao先生が最後にしてくれた事は「なにかリクエストはありますか?」という、仏のような一言であった。

一気にリフレッシュするマウスキー姉妹。

生演奏で聴きたいものはたくさんある。

ティン・ホイッスルを習いに来たくせに、聴きたいのはモンマルカピーパという笛の演奏か、柳の笛の演奏だった。

⬇参照、モンマルカピーパ⬇
https://www.youtube.com/watch?v=3YWomS8BBog

⬇参照、柳の笛⬇
https://www.youtube.com/watch?v=L3T0ynnuo0g

どちらかと言えば柳の笛がいい、と、マウスキーが思っていたところ、姉マウスキーが姉心からなのか、マウスキーの要望を優先してくれたのである。

「柳の笛の曲がいいです」

hatao先生は早速柳の笛を習い取り出して演奏してくれた。

その素晴らしい演奏を聴き、すっかり感動したマウスキーは心に決めた。

──柳の笛を買おう──と。

演奏が終わった後、hatao先生は「笛で遊んでも良いですよ」と言ってくれたが、夜も更けてきたし、疲れ切っているので、柳の笛が簡単に音出し可能か確認するだけで、マウスキー達はそれ以上の事は出来なかった。

そう、その疲労感と外の空の暗さが、hatao先生とのお別れのタイミングを物語っていたのである。

つづく。

2020年4月22日水曜日

アイリッシュ入門の旅・8 〜肝心なところで集中力がなくなってくる。

基本的な奏法を学んだ後は、変奏についてを学んだ。

コード内での変奏の仕方、色々なパターンなどなど・・・。

それから、「では、やってみましょう」と、実践する。

「自分が思ったようにして下さい」とhatao先生に言われるのだが、リコーダーの演奏を繰り返しの時にちょっと変えるのとは訳が違うため、思うように出来るものではなかった。

結局、先生が例として「こんな風に演奏出来ます」と言われた通りの事しか出来なかったのだ。

決められた範囲で自由にする──これほどまでに難しかったとは・・・。

それから、「Britches Full of Stitches」という曲をする時は、「これは簡単な曲なので、楽譜を見ずに聴いて覚えましょう」という新しい試練が出た。

8小節で出来た「赤とんぼ」の曲をする時ですら、楽譜を外したくないというのに、とうとう耳で聴いて覚えというミッションである。

そんな事が果たして可能なのだろうか──と、不安に感じたのだが、実際にそんなに複雑な曲ではなかったので覚えてしまった。




覚えたはいいのが、「このようなパターンで変奏します」というhatao先生に教えてもらった以外の事は、一つたりとも出来なかった。

あとは、ダンス曲のリズムの取り方についても学んだ。

リール、ジグ、ホーンパイプ、ポルカ、マズルカ、ワルツ・・・・・

途中、意識が飛んだ。

ホーンパイプの頃から集中力はかなり切れていた。

もう限界かなって思ったほど、頭も痛くなっていた。
hatao先生は喜々とした顔で、「僕はホーンパイプのリズムが機関車のタッカタッカ、タッカタッカみたいな感じのイメージを持ってます」的な事を言っていた事をボンヤリと記憶している。

奏法、変奏の仕方、ダンス曲のリズムの取り方、一通りの基礎を駆け足で巡り終わり、やっとの事でのブレイクタイムである。

ちなみに、この時はすでに夕方になっていた。


つづく。

2020年4月21日火曜日

アイリッシュ入門の旅・7 〜お昼休憩

「お昼はどうされますか?」と、hatao先生が最初に質問してきた。

実のところ、このお昼ごはんについてはリサーチ済のマウスキー姉妹であった。

レッスンに行く前に、hatao先生のレッスンを受けてきた事がある人のブログを読んで予習していたのだ。

ちなみに、その人の文面から、これほどまでに一日集中レッスンがこれ程までにハードなものだとは想像もつかなかったのだが。

その人は、お昼ごはんはhatao先生が作ってくれたと、大層嬉しそうに語っていた。
しかも、大変美味しい食事だったとか・・・。

ところが、実際に本人を目の前にして、「先生に作ってもらおうと思って来ました!」などと言えるであろうか。

「えーと、適当に食べてきます」と、言って、お昼休憩の間はどこかに出かけて食べて来るのが礼儀ではないか・・・などと、一瞬の内に考えを巡らせた。

「実はインターネットでhatao先生が食事を作ってくれたというブログを見て、楽しみにして来ました」

そう恥ずかしげもなく言い放ったのは、姉マウスキーであった。

嘘だろ? この状況でなんの遠慮もなく、そんな言葉を見ず知らずの先生に言えるなんて、どんな神経しているんだ!

きっと、先生は呆れ果て、もう何も言わない事にしよう、礼儀知らずの田舎者が──と、随分気を悪くされるかもしれないじゃないか!

そう危惧したのだが、実際はそれほど先生は気分を害した様子もなかった。

「もちろんいいですよ」と、快く我々見ず知らずの姉妹にもご飯を作ってくれる事になった。
レッスンもしてもらい、食事をルンペンさせてもらうなんて・・・申し訳ないが、美味しい食事だったと言っていたので、随分と美味しいごはんなのだろう。

「せっかくなので、持ってきていただいたお茶漬けもいただきましょう」と、hatao先生の提案。

「いやいや、お土産を我々がいただくなんて・・・」と、言いながら、一緒にお茶漬けを食べる事になった。

あと、汁物とおかず。

その日のメニュー。

一汁一菜、玄米ごはん

デザートはリンゴ。

美味しい!・・・美味しいけど・・・足りない・・・ものすごく足りなかった。

確か、この食事時間の間、ウサギさんについて、我々のペットについて、それぞれのペット自慢をしたり、hatao先生の好きな音楽についても会話したと思うのだが、圧倒的な食事量の少なさが一番のインパクトとして残ってしまったため・・・申し訳ないのだが、詳細には記憶していない。

しかしながら、せっかく我儘を言って作っていただいたご飯が少ないなんて、絶対に悟られてはいけない。

「とても美味しかったです、ちょうど良い量でした」

ちゃんとそのように言う常識くらい、我々マウスキー姉妹は持っていたのである。

楽しい食事時間が終わりを迎えようとしていた時、hatao先生と同居をしている男の人が帰宅してきた。

ギターが堪能で、笛まで出来るという人だった。

「そんなに出来ませんよ」とか言っていたが、あれは謙遜に違いない。

その時、レッスンに来る生徒さんは久しぶりだ、などという会話もしていた。
先生がテレビで出演した頃は、わんさかと生徒さんが盛りだくさんに来訪されたそうなのだが、若い人が来る事は少ない事例だ──的な内容だった。

先生と年の差が大してあるわけでもないのに「若い人」という単語を受け入れるには抵抗はあったが、きっと「高齢の方」と比較しているのだろうから、それも間違いではない。

我々はまだ、赤いちゃんちゃんこを着るまでには年数がある。

そんな風に楽しいお昼休憩は終了した。

ところが、この時点で恐ろしい事が起こっていた。

午前中の集中レッスンから、すでに集中力が散漫になりはじめていたのだ。

まだ先は長いというのに、もはや疲労の兆しが見え、とりあえず一通りの奏法を学んで帰れるのだろうかと心配になってきた。

だが、容赦なく、一日集中レッスンは継続した。

つづく。

2020年4月20日月曜日

アイリッシュ入門の旅・6 〜とにかく詰め込め、スパルタレッスン

最初に、レッスンで使用した楽譜がこちらである。


https://celtnofue.com/items/detail.html?id=527

内容は易しいながらに、参考音源などもあり、手応えのある一冊であったと思う。

しかし、元々がリコーダー出発であるマウスキー姉妹は、「楽譜は読めるんですね?」というhatao先生の質問に、「はい、読めます」と即答。

この楽譜は、色々と触ってみるくらいのものとなってしまった。

とりあえず、二重奏譜もあったので、一緒にhatao先生と一緒に演奏してみたりなどもして、それなりに楽しい時間を過ごした。

ちなみに、マウスキーはそつなくこなそうとしたくせに、楽譜と違う事を吹いてしまった挙げ句、hatao先生がフッと笑い「マウスキーさんのアレンジが良かったですね」と褒めていただいた箇所すら理解が出来なかったという醜態をさらしてしまった。

何を間違えたのかわからなかったのため、「あ、すみませんでした」とだけ答えた。

しかし、楽譜を読む事をおろそかにして違う音を吹くという事は、アイリッシュの世界では特に何も問題はなかったようである。

マウスキーの薄っぺらい謝罪もスルーされてしまった。

この小冊子が終わった後に使用した楽譜は、「地球の音色」というものである。

この楽譜は、今は廃盤となり手に入らないようだが、この時の楽譜よりも、ノウハウを詰め込んだ新しい楽譜が今は出ているという事だが、当時はこの楽譜しかなかったのだ。

この一冊の中に記入してある、アイリッシュ奏法のノウハウを、数時間の間に詰め込んでいかなければならないので、それこそ立ち止まる事なく急ピッチで修行を続けた。

まず最初は、アイリッシュ音楽の歴史を学ぶ事から始まった。

アイリッシュにおいての音階は平均律ではなく・・・云々。

バグパイプが元となっているため、奏法もバグパイプを模した奏法が用いられ・・・云々。
(この時、hatao先生がバグパイプの演奏をして見本も見せてくれた)

そして、何より少し衝撃を受けた話は、音楽理論についての話であった。

「ハーモニー、モノフォニーがありますが、アイリッシュはどちらでもなく、ヘテロフォニーです」

ヘテロフォニーとは、大勢で同じメロディーを自分の好きなように演奏するのだそうだ。

なんだそれ、楽しそうじゃないか!

そして、そんな楽しい話から、だんだんと実践的な奏法の話になってきた。

基本的な奏法は、カット、タップ、ロール、スライドといったものがあり、それを自分なりのセンスが組み合わせるのだという。

通常のレッスンであれば、それらの技術の精度を上げるべく練習なんかも入ってくるのだろうが、一日特急レッスンとなると、そんな精度をあげる時間などはない。

兎にも角にも「やってみましょう」とhatao先生の穏やかな言葉を合図として、楽曲を演奏しなければならないのである。

これが思った以上に難しい。

最初からそんなにすんなり出来るわけがない。

hatao先生に「ここはこんな風にしましょう」と指定してもらっても、精度が悪いカットやタップを入れるので精一杯である。

ロールってタラリラリッとくるっと回る、ピアノでお馴染みのあれとは違うのか?

こんなやつ


基本的には、カットとタップを組み合わせたものがロールとなるらしいが・・・上に上がって下に下がるのは同じように思えるのだが・・・違うのか?

その奏法の話をしている時に、そんな疑問を持つだろうという事は、hatao先生にも分かっていたらしい。

「カット、タップ、ロールなどは装飾音ではないんですか? という質問もありますが、装飾音というのは、メロディーに華やかさを持たせるため等に用いられる装飾の事ですね。
アイリッシュ奏法ではバクパイプの奏法を模していると最初にも説明していました。バクパイプは音の切れ間がないため、音と音との間を区切るため、カット、タップ、ロールなどを用いて演奏するため、この場合は装飾音ではなく、演奏するための奏法となります」

実際はもっと丁寧できちんとした説明だったと思うが、大体こんな感じの説明をしていただいた。

なるほど、分かりやすい。

しかも、当然完全に自由気ままになんにでもカット、タップ、ロールを入れるわけではなく、それなりに定められたルールというものもあるようだ。

きっと、年間を通じて通うタイプのレッスンであれば、こういった事も確実になるまでレッスンしていただけたのだろうが・・・我々にある時間は、たったの数時間なので、このあたりも納得した後は、サラーっと流して、次の段階へと行かなければならないのである。

立ち止まる時間など、我々にはない!

と、意気込んでいたが、お昼の時間になったら、それなりに休憩を取らなければならない。

大変密度の高い1時間半ほどを過ごした後、やっとの事で休憩時間となった。


つづく。

2020年4月19日日曜日

アイリッシュ入門の旅・5 〜チューニングが肝心

レッスンの最初は、持参したティン・ホイッスルをチューニングするところから始まった。

マウスキー達が購入したティン・ホイッスルは、Feadog社のニッケル製のD管である。

⬇ こちらの商品を購入した。
https://celtnofue.com/items/detail.html?id=316

真鍮製と、どちらが良いか悩みはしたが、リコーダーを愛する人間として、くすんだ素朴な音の楽器より、安定して透明感のある音を選んでしまったのである。

この商品を見ていただいても分かる通り、チューニングするためにはキャップを外すしかない。

だが、接着剤でついているので、簡単にキャップを外す事など出来ないのである。

ピッチがおかしいようなのに、どうにも出来ず、このままなのかと思っていたが、同ホームページにて、「お湯にキャップをつける事で、キャップを外す事が出来るので、チューニングが可能です」といった内容の記事を見つけた。

悩みのチューニングも、これで解決だ──と、マウスキーは早速言われた通りに熱湯にキャップを浸けて、難なく外す事が出来た。

しかし、今度はキャップがゆるくなり過ぎて、どうにもならなくなってしまった。

とりあえず、この方法を姉マウスキーにも教えてあげようと思ったマウスキーは、早速情報の共有をしようとした。

しかし、マウスキーが駆けつけた時には、すでに姉マウスキーはキャップを外していたのである。

そして、クールな表情のまま「簡単に外れたで」と言ってのけたのである。


握力に物を言わせてキャップと筒を分離した姉マウスキーではあったが、結果としてはマウスキーと同じ事であった。

キャップが少しゆるくなったので、思ったようにチューニングを合わせる事が出来なかったのだ。

そういった経緯で、まずはhatao先生にこのチューニングについての相談をしたというわけである。

話を聞き終わったhatao先生は、少し薄く笑うと、「力づくで外れたんですか? すごいですね」とコメントした。


チューニングは、自分が吹き込む息の量に合わせてするようで、チューナーと睨めっこをしながら、ちょうど良いところを模索するという地味な作業から始まった。

これが、なかなか時間がかかった。

いつもいい加減な感じで済ませていたリコーダーとはわけが違い、かなりきっちりとしなければならないようだ。

それから、時間がかかったものの、「ここがちょうど良いようです!」というところに達した時、ティン・ホイッスルをhatao先生に渡し、ゆるくなったキャップも調整してもらい、やっとの事でまともな楽器を手にする事が出来た。

これをまるっきり二人分を行い、まともな音階が吹ける事を確認し、やっとの事で演奏が可能な状態となった。

さて、これからが本当のレッスン(修行)の始まりである──。

つづく。

2020年4月18日土曜日

アイリッシュ入門の旅・4 〜正体を明らかにする

出迎えてくれたhatao先生に、我々は念入りに選んだ、とりとり市のお土産を渡した。

今から思うと、先生のことをもっと知っている人なら、先生が自身で料理をする程に、オーガニック思考を持っていることを配慮して、決して添加物たっぷりのお茶漬けの素など持っていくことはなかっただろう・・・と、今は後悔すら感じる、そのお土産を手渡した。

先生は特に何も言わず、快くお土産を受け取ってくれたので、その時の我々は「受け取ってもらえた、良かった良かった」程度にしか考えていなかった。

hatao先生の自宅レッスンの部屋は、2階の部屋に用意されていた。

練習室は、事前に2人で来るという事を伝えていたため、二人分の椅子と、机と譜面台を並べて用意されてあった。

我々の椅子の前にはキーボードが置いてある机があり、そこが先生の席のようだった。

レッスンをしに来たというより、勉強しに来たという感じ


かしこまった気持ちで部屋に入った瞬間、マウスキー達は部屋の中に一番に吸引力を持つ存在に気づいてしまったのである。

そう、その部屋にはウサギさんがいたのだ。

なんと、hatao先生はウサギさんを飼育していたのだ!

しかも、ちょうど席の真向かいにウサギさんがいるので、ふと顔を上げた時、ウサギさんが横のなったり、ご飯を食べたり、耳を毛づくろいしている姿を見る事が出来るのである。

そんな風にウサギさんに釘付けになっていた時、姉マウスキーが「最初に自己紹介をさせていただきます」と話を切り出した。
「先生は人に知られていますが、先生は私たちのことが何者か分からないと思いますので、最初にどういう人間なのかを紹介させてもらうのが良いかと思います」

確かに、それは一理ある。

hatao先生も大変人見知りのようだったので、「それは助かります」と言って、我々の自己紹介を促してくれた。

そのあとは、名前を名乗り、身元を明らかにする情報と、どういった経緯で先生のレッスンを受けたいと思ったのか等といった話を始めた。

「facebookですか? Twitterですか?」と、hatao先生は色んなSNSの名前を挙げたが、どれもこれもマウスキーとは縁遠いものの名前であった。

そもそも、ケルトの笛屋さんというホームページにたどりついたきっかけは、笛の会のために新しい楽譜をネットで探していた事が始まりだった。

とりあえず、テレマンとかないかなーと思い、テレマンの楽譜を探していた。

そんな時に、テレマンの有名な曲をティン・ホイッスルで演奏するhatao先生の動画と楽譜に辿り着いたのである。

──この奏法は、一体どういう仕組みになっているのだろう?

よく知っている曲が、全くよく分からない奏法で演奏されているのは、とても面白く感じたため、仕組みを知ろうと思い、楽譜や動画などを手当たり次第に調べる事になった。

しかし、今まで独学は慣れっこだったにも関わらず、アイリッシュ奏法という分野はさっぱり理解が出来なかった。

そこで、引きこもりで人見知りではあるものの、どうしても新しい奏法が知りたいという勢いでhatao先生のいち日集中レッスンに申し込んだ、それだけである。

とりあえず、hatao先生の自宅が、思ったよりもとりとり市に近かったために思い立ったとも言える。

とまぁ、こんな風な出会いについての事を言葉足らずな感じで簡略化しながらマウスキーはhatao先生に伝えた。

そして、何となく正体を明かし、何かしらの納得と安心感がその場に生まれた。

そこで、とうとう一日集中レッスンが始まる事になった。

一日集中レッスン──それは、普通は何度かレッスンに通って教えてもらう技術等を、滅多にレッスンに来れない人のために、一日集中して鬼のように詰め込むというものだ。

このレッスンが終わった暁には、精神と時の部屋から出たような、そんな短期間成長が見込まれるのではないだろうか。

それほどにまで、今思えば集中力の限界に挑んだ修行であった。



2019年3月13日水曜日

アイリッシュ入門の旅・3 〜目的地に辿り着けない

最初の段階でクタクタになりながらも、何とかコンビニまでたどり着く事が出来た。

そこで、姉マウスキーは早速、タクシーに電話をして迎えに来てもらう事にした。

ところがである─。

電話が通じなかったのだ。

どうやら、スマートフォンからではタクシーに連絡が出来ないシステムらしい。

結局、そんな些細な事で二の足を踏んでいるような時間はないので、姉マウスキーはコンビニの店員にタクシーを呼んでもらう事にした。

その問答だけでも、若干のタイムロスとなったが、まぁ、仕方がない。

連絡してから間もなく、タクシーは颯爽とやって来た。

やっとの事でhatao先生の住み処に辿り着く事が出来る─

マウスキー達はどっと安心して、タクシーの座席にもたれると、運転手のおじさんと会話などをしながら疲れを癒す事にした。

しかし、なかなか時間はマウスキー達を休ませてくれる気はないらしい。

足の疲れが言える間もなく、目的の駅に到着してしまったのだ。

歩き疲れたマウスキー達は車から降りて、ふと、ある事に気が付いた。

「謝礼金を用意していない」

姉マウスキーが最初に気が付いて、こう言った。

本当だ!!

何で気づかなかったのだろう!?

そこで、我々2人は、時間が許す限り、小さくてローカルな駅を走り回り、謝礼金を入れれそうな封筒を探す事にした。

マウスキーは最初、正直余裕だった。

文房具なんかが売ってある店とかで、封筒は買えるに違いない─そう思っていた。

しかし、現実は過酷であった。

本当にローカルな駅で、文房具を売る店なんて発想をする事自体が間違いだったのだ。

そんな中、姉マウスキーがコンビニで仕方なく手に取ったのは、何の変哲もない白封筒だ。

こうなれば白封筒が見つかっただけでも、奇跡に近かった・・・

そんなわけで、白封筒もゲットする事が出来たマウスキーズは、歩く気力もなく、タクシーに乗ってhatao先生の家まで行く事にした。

そして、タクシーに乗りながら、タクシーにして良かったと、何度も心の中で呟いた。

それもその筈、「これは直角なんですか」と、言いたくなるほど、坂が急で入り組んだ地形に先生の住み処はあったのである。

タクシーから降りると、マウスキー達は一見普通の民家である先生の家のベルを鳴らす事にとうとう成功したのだった。

そして、ベルを鳴らした後、hatao先生がすぐに玄関のドアを開けて、「どうぞ」と言って迎え入れてくれた。

hatao先生に対面出来たものの、そもそも人見知りのマウスキーは、「どうも初めまして、ではお邪魔します」と挨拶をしたっきり、会話の進行は姉マウスキーに委ねる事とした。

そして、笛のレッスンをする部屋へと先生に案内してもらい、とうとう最終目的地へと到着する事が出来たのだった。

2018年10月17日水曜日

アイリッシュ入門の旅・2 〜交通事情が分かりません

とりあえず、駅の方向へ行きたいものの、反対側に渡らなければ、歩道というものが存在しない事が分かった。

しかし、横断歩道はどんなに見渡しても存在しない。

ふと、よく見ると、駅から反対側に歩いた方向に、歩道橋の姿が見えるではないか!

なるほど、歩道橋を渡れば、楽々向こう岸へ渡る事が出来るというわけだ。

解決策を見つける事が出来た、マウスキーと姉マウスキーは、意気揚々と歩道橋へと歩いた。

そして、気づいた事がある。

割と、歩道橋までの距離が長い、という事である。

歩道橋を渡った後、割と長い距離を後戻りして、駅の方向へと再び歩かなければならないのだ。

その時点で心が挫けそうになったが、hatao先生の元へ、告げている定刻通りに何とか意地でも到着しなければならない使命が我々にはあった。

とにかく、気持ちやモチベイションを奮い立たせながら、マウスキーと姉マウスキーは歩道橋を渡った後、駅の方向へと歩き出した。

平和に歩き出して数分後、更なる難関にぶつかってしまった。

なんと、歩道が消えたのである。

目の前に広がるのは、車専用の道路だけだった。

歩行者、自転車用の、ちょこっと白線で区切っている線も存在しなかった。

はっきりと、看板に「歩行者はここまで。別の道に迂回しろ」と書いてあったから、確実である。

迂回すれば、駅から相当遠くなってしまう…

マウスキーは完全にポッキリと心がへし折れてしまった。

もう、徒歩で駅に行く事は適わない、我々に残された道は後戻りをして、お金がかかってもタクシーを呼んでもらう事しかない。

その瞬間の事だった。

姉マウスキーが猛烈な勢いで迂回の脇道を通り抜けると、「歩行者禁止」の看板も無視して、道路に走り出たのである。

嘘だろ!!!!

マウスキーの体は完全に硬直してもおかしくないぐらい、驚いてしまった。

そして、明らかに、看板の向こう側に行った姉マウスキーは「こっちに早く来い」のジェスチャーをマウスキーに向かってしている。

ついて行ったら死ぬんじゃないだろうか?と、心細くなりながら、とりあえず、ついて行ってみる事にした。

そして、数秒後、ついて行くんじゃなかった、と、マウスキーは後悔した。

本当に、歩行者が歩くスペースなどミジンコもないのだ。

だが、姉マウスキーは「大丈夫だと思う」と断固言い通した。

しかしながら、命と怪我のリスクが高い事となると、マウスキーの方が頑固一徹である。絶対に後戻りすると主張を通したのだ。

姉マウスキーは、仕方なく譲歩してくれた。

そして、仕方なく安全な迂回路を選んだマウスキー達は、再び、歩道橋に向かって歩きはじめた。

と、その時である。

それは、風だったのかな?と思うほどの勢いで、自転車に乗った男がマウスキー達の横を通り過ぎて行った。

自転車は、歩行者禁止の、あの車専用の道路に突っ込んで行き、狂ったように自転車を漕ぎ漕ぎして、あっという間に見えなくなってしまったのであった。

その姿を見送ったマウスキーと姉マウスキーは、安全な迂回路を選んだ事を本当に誇りに思った。
あの狂ったように疾走する自転車男と、同レベルの人間にならなくて済んだからだ。

「hatao先生のところへ、大事なレッスンを受ける日に、わざわざ命知らずな事をする必要ない。わが身を大事にしなければ、レッスンなんか受けられない!」

狂ったように自転車を漕いで行ってくれた男がいたお陰で、マウスキーは、単に自動車道にビビっただけの心根に大義名分を得る事が出来たのであった。

そして、同じ場所を行ったり、来たりして大事な時間を30分ほどロスしてしまったマウスキー達は、やっとの事でローソンにたどり着き、タクシーを呼んでもらう事に成功した。

そして、hatao先生のお宅がある町まで、安全にタクシーで運んでもらえたのだった。

2018年10月15日月曜日

アイリッシュ入門の旅・1 〜過酷な現地

PLATFORMにバイトに行くと決めた理由は、そもそも、ティン・ホイッスルのレッスンに行きたいので、レッスン代を稼ごうと思ったのが動機だった。

Dさんショックなどで、色々とバタバタしたものの、レッスンは二カ月前からの予約が必要だったので、とりあえず、目下はレッスンに行く事だけを考えていた。

今回、マウスキーと姉マウスキーが2人でティン・ホイッスルというアイルランドの笛を習いに行く先生は、hatao先生という、演奏者としても、ケルト音楽の伝道者としても、指導者としても力を注いでおられる方だった。

hatao先生は、とりとり市の隣の県に住んでおられるという事がホームページで分かり、しかも個人レッスンもしているという事だったので、マウスキーと姉マウスキーは、一日レッスンを申し込む事にしたのである。

教科書も、笛も買い揃え、レッスンに挑む事にしたマウスキー達。

とりあえず、先生にお土産も持って行かなければならないだろう、そう思って、とりとり市の名産品をあれこれと持参して行く事にした。

選んだのは、「因幡の白兎」と、「蟹煎餅」と、「お茶漬けの素」である。

蟹の姿焼きみたいな煎餅にしたかったのが本音だが、姉マウスキーの強い反対を受けた為、結局断念した。

ちなみに、hatao先生とは、とても親切丁寧な方で、レッスンを申し込んだ後に、住宅は大変分かりにくいところにあるという説明文と共に、地図と、電話番号も添えて下さっていた。
分からなくなったら、連絡してくれ、と、書いてあったのだ。

この気配り、心配り、何ていい人なんだ…と、すっかりマウスキー達は感動してしまった。

そして、レッスン当日。

この日、マウスキーはお店を休んでレッスンに行く事にした(Mさんは理由を知っても普通に、問題なく休ませてくれたのだ)。
バスに乗って2時間半ほど経つと、辺鄙な、何もないバス停に到着した。

そう、そこが目的地だった。

高速道路から降りたらすぐにある、何もない、ポツンと佇むバスステーションに降ろされたマウスキー達。

目の前に広がる、四車線の大道路。

電話もない。

何にもない。

他県からフラリと土産袋を抱えてやって来た孤独感だけが、マウスキー達の胸に押し寄せた。

こんな何もないところに降ろされ、無事にマウスキー達は、定刻通りにhatao先生の元へ辿り着く事が出来るのだろうか……

そして、マウスキー達は不安と共に、四車線大道路の遥か遠くにある駅を目指して、バス停を後にする事に決めた。

この第一歩が、想像以上に恐ろしいものになるとは考えもしなかったのであった。




2018年10月14日日曜日

PLATFORM・15 ~ 何も出来ていない日

当時のマウスキーのシフトについて、最初に説明させてもらう。

月曜日と火曜日は、Mさんと二人でお店を回すので、朝一の9時から仕事に出ていた。
木曜日は、Nさんが7時50分に出勤して、Iさんとマウスキーが10時に出勤するシフトであった。

そして、ある日の木曜日の事だった。

木曜日は、Nさんが7時50分に出て、料理等をしてお店の準備をしている予定であった。

お米を炊いて、お味噌汁の準備をして、ハンバーグが出来ている、そう思っていた。

だが、しかし……マウスキーとIさんが店に出た時、一体何故そうなのかは分からないが、何も料理の準備がしていなかったのだ。

そして、料理の用意をしていなければならない筈のNさんも、何故出来ていないのか分かっていなかったようである。

とにかく、その日はMさんもお店に出てきていて、何が出来ていないのかを確認し始めた。

Nさんは、「お味噌汁は出来てますし、お米も炊いています。お茶もあるし、カレーもあるでしょ」と、穏やかな様子であったと記憶する。

だが、肝心のメインが出来ていなかった。

木曜日の日替わりメニューはハンバーグだったので、ハンバーグが出来上がっていなければならないのだ。

10時に来てから、お弁当を詰めて、11時には開店準備を始めなければならないお店のセオリーがあったからだ。

10時半過ぎた頃に現状が全て把握された時、Mさんは厨房からNさんを出すと、何かを言う間もなく、自らの手でハンバーグを作り始めた。

あーだこーだ言う間があったら、やらなければならない、そういうわけだ。

そして、Nさんは、再びぼんやりと宙を眺め、呼吸をする以外の機能を停止させてしまった。

仕方がないが、とにかくお弁当と日替わり定食の準備を、1時間以内で全て済ませる必要があったのだ。

マウスキーとIさんは、お弁当と日替わり定食の副菜などを詰めて、ハンバーグが出来ればいいだけの準備をしておいた。



Mさんは、準備をしながらNさんに、「朝早くから来てるので、もう帰ってもいいですよ」と、帰るように促し始めた。

すると、ずっとフリーズしていたNさんは、やっとの事でハッと我に返ると、「そう? じゃあ、そうするわね」と、ぼんやり言うと、帰り支度をして、猛烈な勢いで用意をする我々を残して帰宅して行った。

Nさんが帰った後も、我々は無言で作業をし続け、やっとの事で滑り込みのようにして、全てが間に合った。

Mさんは、「大方、コーヒーを飲んでお客さんと喋っとったら時間がなくなっただろうで」と、Nさんが仕事が出来ていない理由を推測して、ぼそっと呟いた。

それを思わせたのは、コーヒーメーカーに残るコーヒーと、食器洗機に入っていたコーヒーカップである。
それは、鈍いマウスキーでも察知出来る形跡だった。

「あの人はパニックになると動きが全部停止するから、そうなったら何を言ってもいけんけ、自分でするしかないだが」
と、Mさんはマウスキーに言った。

確かに、それには納得が出来た。

だから、何だか忙しくなってきた時は、いつもNさんは宙を眺めるように、ぼんやりとしているのか…と。

忙しくてもマイペースで、余裕を保ち続ける人というわけではないらしい。

そして、その日の悪夢を経験した後、Mさんは更に、「あの短時間でよくハンバーグ作れたわ」と、自分に感心していた。

それにしても、メイン料理が出来ていなかったのに、オーナーのMさんはNさんにとがめる言葉を一つも言わなかった事に、マウスキーは意外に思った。

しかし、MさんがNさんに対して、何故何も言わないのかというには、理由があったのだ。

2018年10月12日金曜日

PLATFORM・14 ~ 花嫁募集中のHさん

Hさんは、Nさんの古くからの友人だという事だった。

最初に会った時の印象は、「すごく、うっとおしい」というものだった。

彼がコーヒーをどうやって飲んでいたかという事は、今も記憶していない。

何故、こんなにうっとおしいと思わせたのか、そこのところを紹介していこう。

彼は、頑張って若作りしている、70代が近いと思われるお爺さんだった。しかし、彼は独身で、婚期を諦めていないと主張していた。

そして、ほどほどに若い女の人と会話をして、ちやほやして欲しいという願望もあるらしいHさんは、あろう事に、PLATFORMをスナックか何かと勘違いしてしまったのだろう。

コーヒー一杯を飲みに来たと言い、自分の話をペラペラと喋った挙句に、マウスキーとMさんが話している事に顔と口を突っ込んできて、「うん、うん」と相槌を打ってくるのであった。

マウスキーはとっても可愛い犬一匹と猫二匹を飼っているのだが、その三匹の話題をしていた時である。
やはりHさんは、「うん、うん」と相槌を打ちながら、「どうせだったら、僕のお世話をして可愛がってくれんかナ?」と、顔と口を突っ込んできた。
「犬や猫はいいから、僕のお世話してー」とかも言ってきたと思う。

そこで、マウスキーは、「私が世話をするなら、まず観察日記をつける所からします。一日何回排泄をして、その便は如何なるものだったのか等も記入します。腸内細菌のバランスを崩しているようだ、今日の便の調子は良好、などと全部手帳に書く事でしょう。体調管理に便は大事ですからね。こうした記録はブログにも書いて世間に公表します」と、丁寧に受け答えていた。

さすがに、Hさんは「…それは嫌だわ」と言い、いったんは引いてくれたかのように思えた。

しかし、Hさんは、マウスキーにモーションをかけたいわけではなく、あくまでも若めの女の人がいるところで、お喋りして、「やだ、Hさんったらー」と、他愛のないお喋りを楽しみたかった人である。

彼の無駄口は、尽きる事を知らなかった。

そして、何かの話題の時に、彼が写真クラブに入っているという話を聞いたマウスキーは、写真なら興味があったので、少しは話し相手になろうとした。

だが、結局駄目だった。

彼は、「僕はね、こんないいカメラを持っていて、こんないいプリンターを持っていて、こんな写真を撮るんだっ」という話を延々とするのだ。
それでいて、他の人の写真は、「こんなの大した事ないわー」と根拠もなくけなすのである。

「凡人」を二足歩行させたかのようなHさんは、完全にマウスキーの中から興味の対象ではなくなった。
話もつまらない、顔もつまらない、注文するものもつまらない、彼の全身からにじみ出ているものと言えば、「僕をかまって」というアピールのみ。



彼がやって来て一番平和だと言えば、元々の彼の友人であるNさんと一緒に働いている時だっただろう。

何故なら、彼の相手は全部Nさんがしてくれるので、絡まれる事はまずなかった。

だが、これほどまで凡庸な人間だからこそ、自分を特別扱いして貰いたがったり、他をけなして自分を持ち上げようとしたり、つまらない事をするのだなと納得はいった。

だが、結局、何をしても「月並み」「平凡」「凡庸」「凡人」「俗物」こうした単語が大変似合うHさんは、時間が経過するにつれ、PLATFORMからは逆に浮いた存在となってしまっていたのであった。

2018年10月11日木曜日

PLATFORM・13 ~ 元気すぎるクラアサさん

クラアサさんの最初の印象は、コーヒーをブラックで飲むクラアサさん、というくらいだった。

特に、何か変わった事を思った事があったわけではない。

ただ、とても印象は良かった。

おじさん特有の、無条件に若い世代の人間を見下して来る上から目線なところもなく、どんな年齢の人に対しても丁寧な態度をとってくれた人だ。

そんなクラアサさんと、まともに会話をした時のは、もう閉店作業も終わり、マウスキーもMさんも帰り支度をしていた時であった。

クラアサさんと酒転童子さんが、いつものように何かの議論をしていていた時に、クラアサさんが、「わしは宗教の事がさっぱり分からんだが」と、言い出したのである。

宗教についての話題は、マウスキーが子供の頃から最も慣れ親しんだ話題の一つだったので、クラアサさんと会話をするきっかけともなった。

更に、姉マウスキーがその頃、「完全教祖マニュアル」という本を読んで、大層面白かったと言っていたたので、チョロッと読んだ事もあり、その本についての話などもして、宗教についての考察をあれこれと話す機会が出来たのであった。

それからというもの、完全にマウスキーはクラアサさんの事を認識して、親近感を持つようになったのだった。

そして、健康の話題になった時、いつもMさんがクラアサさんの話題を持ち出していたので、彼がどういう人物なのかを少しは知る事が出来た。

なんと、クラアサさんは設計事務所の社長である。

そして、PLATFORMのお米も、クラアサさんが作っているお米であった。

農業も、仕事の合間にしているそうなのだ。

更に、テニスに長けているらしく、何時間もぶっ通しでテニスをしたり、コーチをしたりなどをするそうだ。

それから、夜中は鮎釣りに出かけて、たくさん鮎を釣るらしい。

そして、どう見ても40代後半から50代という艶々した容姿にもかかわらず、もう60代半ばという年齢らしい。
つまり、酒転童子さんと同年代だという事だ。

もう一つ印象的なのは、会話をすると、かなりの高確率で、ちょいちょいと奥さんとのノロけ話を持ち出す事があった。
「家内が『どうせ私が死んだら、あなたは若い女性と結婚するんでしょ!』って言って怒るんですがー」とか、「前はテニスについて来てくれたんだけど、最近は疲れたと言ってついて来てくれなくなった…」などなど。

事あるごとに、隙を見ては奥さんとのノロけた話題を入れてくるのである。



そんなクラアサさんと仲良しの酒転童子さんは独身で、どうやら子供の頃からの仲良しらしい。

いい歳をしたおじさん二人が、店の閉店間際にやって来ては、少年のようにお互いの研究結果をしたり、勉強会で夢中になっていたのである。

そして、いつしか、そのおじさん二人の中に、Mさんも加わって、三人で閉店頃に盛り上がって、何かの話し合いを始め出したのもその頃だった。

どうやら、Mさんには2人のおじさんを巻き込んでの計画があったらしい。

だが、そんな計画について語る前に、まだ色々な人物について紹介しなければならない。

酒転童子さんと、クラアサさんのように、素晴らしいおじさんだけが常連客ではなかったという一例として、Hさんという人もいた。

そう、お店を語っていくには、仕方がないが彼の事も説明しなければならないだろう。

2018年10月10日水曜日

PLATFORM・12 ~ 酒転童子の勉強会

酒転童子とは、忘れたかもしれないが、最初に紹介した閉店間際にやって来る、常連客のM.Iさんの事である。

彼のペンネームでもあった事を思いだしたので、今回からは酒転童子さんと呼称させてもらう(何故その名前なのかは、うんと後になってから説明する事になる)。

最初の頃の酒転童子さんの印象は、コーヒーはブラックで飲む酒転童子さん、と、覚えている程度で、特に会話をするという事はなかった。

ところが、笛のコンサートが終わった時、Mさんが「マウスキーさんは笛をやりますよ。音楽の話が出来るんじゃないですか?」と切り出したのである。

すると、酒転童子さんは、目をキラリと光らせると、「ほほう! そうですかな!」と、元気良く話し始めた。

「実は、僕はジャズバンドも前までしてましてね。昔はブラスバンドもしてたんですよ!」と、喋り始めた。
音楽の話をするのが嬉しかった酒転童子さんは、そのまま止めどなくクラシック音楽の話をし始めた。

「昔、J・S・バッハの勉強会をした事があり、そちらがなかなか評判が良かったんですわ。またやりたいと思っているんだけど、なかなかみんな忙しくてねー」
と、酒転童子さんが語っていたので、マウスキーは頷きながら、「いいですね。したらいいんじゃないですか?」と、一声かけた。

すると、「そうですかな?」と、酒転童子さんは嬉しそうに言った。

そして、その日はそのくらいの軽い話題で終わったのだが、翌日の事である。

しばらく経った時である。

酒転童子さんが、分厚いファイルと、バッハのCDを持ってきたのだ。

「ん?」と、不思議そうに思いながらマウスキーはそちらを受け取ると、彼はキラキラした顔で、
「こちらが、この間言ってたバッハの資料ですわ。CDを聴きながら、みんなで意見を言ったりするんです。で、そっちのファイルはバッハについて書かれた参考文献からの資料です。それで、日にちはいつ頃がいいですかな?」と、いった具合に話をぐんぐん推し進めていくのだった。

何とも不思議な気持ちになったマウスキーは、実際忙しかったし、「いや、店が終わったら帰らなければならないんです。なかなか難しいです」と、勉強会の出席を断った。

だが、酒転童子さんは引き下がらなかった。

「あー、ちなみに僕はいつでもいいですよ。今のところ、勉強会に参加するのはマウスキーさん一人なんで、日にちは合わせられますよ」と、いった具合である。

「日にちを検討しておきます」と答え、その場はやんわりと終わらせた。

そして、翌日、マウスキーはオーナーのMさんに、「何故マウスキーが、いつの間に酒転童子さんのバッハの勉強会を受ける事になってるのか、よく分からない」という相談をした。

Mさんは、「聞く気がないなら、忙しいので、ちょっと分からないですって言って、引き延ばして、いい加減に断ったら?」と、提案してくれた。

申し訳ない気持ちでいたが、仕方がない。

もしも、知られざる、こんな凄いバッハがいたという感じの別バッハについての話なら面白さを感じられたのだが……J・S・バッハについてのあれこれ話には、どうも興味を感じなかったのである。

そういうわけで、マウスキーはMさんの助言通り、酒転童子さんに、「すみません、忙しくて、ちょっと今のところは、なかなか日にちが取れないです」と、申し訳なさそうに断った。

すると、酒転童子さんは、「そうですかな。それは仕方ないですな。じゃ、また機会があったら。その資料は差し上げるんでね、読んでみて下さい」と、あっさり話を終わらせてしまった。

酒転童子さんは色んな事を掛け持ちしているらしく、とっても忙しいらしい(飲みに行ったりも忙しいようだが)。
だから、本当にマウスキーのバッハ勉強会がなくなっても、そんなに気にしなかった。

あんなに気を使ったのに…無駄に気を使ってしまったわけだ。


結局、本当に気にしなかった酒転童子さんは、翌日からも色んな事の考察や研究した事のまとめのプリントを、Mさんとマウスキーに持って来て見せてくれた。

このプリント、面白い時もあれば、特に面白くない時もある。

だが、全てが手書きで、酒転童子フォントにすれば良いのにと思うほど、綺麗な字に、いつも感心させられた。

字の感じが、ちょうど、妹尾河童に似た感じがする。

そんな勉強熱心、研究熱心な酒転童子さんには、唯一無二の仲良しの友達がいた。

その友達の名前は、クラアサさんという、真っ黒な髪で、眼鏡をかけた年齢不詳のおじさんであったが、彼は常人とはとても思えない力を秘めたおじさんだった。

2018年10月9日火曜日

PLATFORM・11 ~ トリオのおじさん

Mさんとマウスキーは、たびたび常連客の人の名前を知らないので、あだ名をつけて覚えていた。

トリオのおじさんは、殆ど毎日来ると言っていいほどの常連客だった。

何故トリオのおじさんかと言うと、必ず三人組で来るからだ。

最初は、「誰ですか?」「どんなお客さんですか?」と聞いていた。

すると、Mさんは「背の高いシュっとしたおじさんと、一緒に座ってる三人組の人」とか、そんな説明をしていた。

それがいつしか、「いっつもトリオで来る人」に変化していったのである。

仲良しトリオ


このおじさんたちは、とっても仲良しらしく、必ず三人揃って来るのだ。

気さくなおじさんたちなので、話もしやすく、とてもいい人達であった。

しかし、ある日、マウスキーは彼らが時々カルテットに変化するという事を知った。

この四人目のおじさんは、スーツを着ているのだが……どうもイラストに書けないぐらい、ぼんやりとした記憶でしかないのだ。

ただ、そのぼんやりとした感じの四人目のおじさんがトリオに加わった時、とてもマウスキーの中では勝手にややこしい事になっていて、大変だったという記憶がある。

トリオのおじさんを紹介したのは、彼らは、お店が始まってから、終わるまでの間、変わらずにとても良い常連客の一人でい続けてくれた為、これからもちょくちょくエピソードで登場してくるからである。

2018年10月8日月曜日

PLATFORM・10 ~ 万事オッケーなIさんとNさん

前回は、お店の深刻な経営状態を話したが、マウスキーも何だか気持ちがモヤモヤする深刻な場面に立ち会った出来事があった。

それは、IさんとNさんと一緒に働いていた時の事だ。

IさんとNさんは、女学生時代からの仲良しらしく、仕事の間もとってもリラックスをしている様子で、のんびりとしていたので、マウスキーも一緒に仕事をするのは嫌ではなかった。

何かマウスキーが「あー、うっかり」とか、「あ、しまった」という失敗をしても、Nさんは「いいのよ、そのぐらい」と、言ってくれるし、Iさんは、「大丈夫だわいな」と笑って言ってくれるのだ。

仕事をするにも、とっても気が楽で、相手方がリラックスをしているので、こちらもリラックスをして仕事をする事が出来る。

しかし、そんなある日の事だった。

その日、「お客さんがどうせ少ないから、お米があまったら勿体ない」という理由で、Nさんは、お米をいつもより少なく炊いていた。

すると、何の不運なのか、その日に限って「大盛りで」という客が多かったのだ。
そうなっては、予想以上に米がなくなってしまう。

米がなくなりそうだ……と思いながら米を入れていると、とうとう米がなくなってしまった。

だが、料理待ちのお客は存在していた。

マウスキーは「お米がないです」と告げると、大騒ぎになった。

とりあえず、Nさんはぼんやり立っていて、「そうね…」と、呟き、何かをしようとする事をやめてしまった。



そこで、マウスキーは冷凍庫を漁って、「冷凍ご飯ならあります」と、Iさんに報告した。

すると、Iさんは仕方なさそうに肩をすくめ、「仕方がないけ、冷凍ご飯でいいか聞いてくるけ」と言い、お客さんに確認に行った。

──冷凍ご飯と言わなければ分からないのではないか?──

そんな疑問は、その場に相応しくなかったのだろう。口にもする事が出来なかった。

Iさんは意気揚々と戻って来ると、「冷凍ご飯でもいいって言っとられるので、用意をお願いします」と報告した。

そして、ピークが過ぎて会計の時になると、Iさんはレジを打ちながら、お客さんに「冷凍ご飯で今日はすみませんでした。半額にしておきますね」と、太陽のような笑顔で言い放った。
当然、喜ぶお客さん。
「僕は、いつでも冷凍ご飯で大歓迎です!」と、爽やかに言って帰って行った。
ちなみに、このお客はこの時以来、二度と姿を見なかった。

そんなわけで、その日の売り上げは半分となった。

しかし、IさんとNさんは、売上金額を見ても「こんなもんだわ」とコメントしていた。

その日の売り上げ、大体5000円ぐらいだったと記憶する。

そして、別日の時は、一日とっても忙しかったたのだが、売り上げは8000円という惜しい数字となった事もあった。

そんな時、IさんとNさんは、「私、お父さんと私の夜ご飯に二つ買って帰るけ、あんたもおかずだけでも買って帰りんさいな」と、自分のお財布からお弁当を購入。
なんとか二千円の売り上げを出した。

そして、精算後の売上金額を見て、一万円になっているのを見ると、再び、太陽のような笑顔でIさんは、「売り上げが1万円もあったら、いいわいな」と、嬉しそうに言っていた。



マウスキーは、「そうですね」と言いながら、何か良くない、そんな気持ちで胸がざわついた。

IさんとNさんは、その場を何とかやりすごせたら「大丈夫だったが!」と満足そうにしていて、危機感がないのだ。

必要があって、革命は起こるべくして起きたのだ──。

内税にしてあった料金は外税に替えた結果、驚くほど何の変化もなかった。

文句を言うお客さんはいないどころか、「あー、なるほど」と、むしろ納得してくれた挙げ句、お客さんは減らなかったのである。

Mさんの第一次革命は、静かに、ごく自然に成功した。

しかし、今回記事に取り上げた、IさんとNさんの危機感のなさはどうしようもなかった。
料金を外税にしても冷凍ご飯で売り上げが半額になってしまっては、元も子もないではないか。

しかし、しばらくは、こんな調子で仕事を続けるしかなかったのである。