2020年5月3日日曜日

PLATFORM・18 〜木の祭り─後半戦

午後になるにつれ、Mさんの読みは当たった。

ちらり、ほらりと人が多くなってきた。

そして、フライドポテト作戦も大成功だった。

ハンバーガーを買う人間は、自動的にフライドポテトも買うし、コーヒーも買うのだ。

それだけではなく、お昼のおかずにするために、おでんの購入も思ったよりもあった。

ハンバーガー、フライドポテト、コーヒー、おでん・・・

一体何個売ったんだ? 何を、何個売った?

正の字の書く場所、間違ってないか? ここであってるのか?

もはや、人が多くなってきた途端に、あれほど自信たっぷりにカウントの腕を自慢していたマウスキーは、数の把握がいい加減になってきてしまった。

フライドポテトを買った後で、追加で買って行く人間もいた。

とにかく、フライドポテトが馬鹿ほど売れていくので、何度も何度も店内に走って行って補充しなければならなかった。

その店内はというと、イケさんとナカさんが地獄の真っ只中にいるかのような形相で、延々とフライドポテトだけを揚げ続けていた。

フライドポテトを揚げ続ける作業に苦しくなったのか、時々ナカさんがフラリと厨房から出てきて売り場に顔を出し、揚げ物を放棄する瞬間も見られた。

それほど大繁盛して忙しかったのである。

きっと、Mさんの「とにかく目立つ!」というコンセプトの元に作られた、あの大きな垂れ幕が一役買っていたに違いない。

そんな忙しい真っ只中の時の事である。

隣でハンバーガーに挟むためのハンバーグを焼いていたMさんが、苦笑を浮かべながら「来たで」と口走った。

あまりの忙しさに周囲が見えていなかったマウスキーは、一体何が来たのだろうとビックリして周囲を見渡したところ、嬉しそうにヘラヘラ笑いながら、Hさんがやって来た。

久しぶりでHさんを覚えていない方もいると思うので、今一度紹介しておく。

平凡、俗物、凡庸という言葉を具象化し、二本足で歩かせたような人物、それがHさんである。


認知してもらっている事が嬉しいらしく、忙しい時にやたらとかまって欲しがるHさんは、やって来るなりホットコーヒーを注文した。

この時点で、ハンバーガーやおでんを注文するなら、まだ歓迎していいのだが、何かとケチなHさんは、基本的にPLATFORMに顔を注文出す時は、コーヒー一杯だけで接待して欲しがるのだ。

しかも、ハンバーガーを作るのに忙しくしているというのに、ホットコーヒーだけ注文するというのは、非常識もいいところだ。

怒りを感じながらホットコーヒーを用意し、Hさんに差し出したところ、奴はこう言った。

「ミルクと砂糖も入れるよ〜」

ポケットに手を突っ込んだまま、上から目線で喋るHさん

こんなに人を殴りたいと思うほどイラッとする事は、今まであまりなかった。
そう、あの美○という喫茶店にいた時ですら、こんなイラつきを感じた事はない。

怒りを押し隠しながら、マウスキーは大人な態度で、ミルクと砂糖をHさんの前にポイと置くと、「どうぞ」と言って、他のお客さんの接客を続けた。

すると、横からHさんは「入れてくれないの〜ッ」と、絡んできたので、「はい、セルフです」と言い切った。

しかし、実はセルフではなく、みんなには要望を聞いて、親切に砂糖やらミルクを入れて、混ぜたものを渡していた。

これが大人の嘘である。

とにかく、一番忙しいピークの時に、Hさんは現れ、コーヒーを注文したという事ですら、邪魔をしに来たように感じられた。
とことん損な人間だなと関心する。

気がつけば、パンも底をつき始め、かなりの量を売り切っていた。

見たところ、おでんより、ハンバーガーが売れていたようだ。

この戦い、ハンバーガーの勝利となった・・・だが、問題が残った。

木の祭りの終了後、Mさんは大盛況だったので機嫌良さそうにしながら、マウスキーが一生懸命にメモしていたカウントを確認した。

「数はこれでいいよね?」

──え? 正の字って何の事?

マウスキーは驚いてメモを見た。

そう、あまりの忙しさに、途中から正の字で売れたものをカウントするという業務を忘れていたのである。

平に謝りながら、記憶を元に必死に正の字を書き足してながら、カウントする事の難しさ、レジスターという存在の偉大さを切に噛み締めたのであった。


つづく。

⇒PLATFORM・19 〜木の祭りが終わった後で

2020年5月1日金曜日

PLATFORM・17 〜木の祭り─前半戦

とうとう祭りは来た──。

Mさんは一人で大きな垂れ幕も用意し、準備万端の様子であった。

その垂れ幕に書かれていた文字は、あれである。

ハンバーガー VS おでん

それは、いざ垂れ幕で見ると、少し恥ずかしさを感じるものだった。

「とにかく、如何に目立つかが重要なんよ」と、Mさんは自信たっぷりに言うと、早速、自ら店の前に垂れ幕を設置しはじめた。

他にも、諸々の材料や、ハンバーグを焼くためのホットプレートや、色々な材料も自前で用意していた。

極めつけには、オモチャの綿菓子製造機までも設置した。

確か、購入金額に応じて、無料で綿菓子をセルフで作っても良いという子供向けのサービスだったと思う。

机を2階から持って降りたり、ホットプレートのセッティングやらを完了させると、戦闘準備が完璧か最終チェックを行った。

「後は、売った個数を間違えんことや」と、Mさんが言ったので、すかさずにマウスキーは自信たっぷりに答えた。

「任せて下さい。数を数える事には自信があります。正の字でバッチリと記入しておきますよ!!」



一体、どうしてあの時、自分はこれほどまでに自信に満ちあふれていたのか、今では分からない。
もしかすると、Mさんの準備が万端であり、大きな垂れ幕の力強さも相まって、無駄に自信がついていただけだろう。

とにかく、この時のマウスキーは、数の間違いなど1つたりともするはずがない、しないのが普通だとも思っていた。

さて、そうこうしている内に、とうとう祭りが始まる時間帯になった。

人の数も、チラリ、ホラリと見え始めた。

PLATFOEMは、場所的には歩行者天国のスタート地点に位置しているため、その場所が客寄せに有利となるか、不利となるかは、微妙なところだった。

とりあえず、人はスタート地点から、いきなりハンバーガーを買ったり、おでんを買ったりはしないだろう。

一旦は祭りの様子を買ったりぐるりと見ようとするに違いない。

まさしく、始まりの瞬間は、肩透かしを食らった。

まるで、川を仲良く泳いでいくメダカ達を目で追うように、マウスキーとMさんは人々が祭りの中心部へと流れていくのを見守っていた。

まぁ・・・こんなものだろう。

ちなみに、紹介もしなかったが、とりとり市の夏には傘踊り祭りというものがあり、その時の祭りにもPLATFORMは参加していたらしいが、マウスキーはこの祭りの時には参加していなかった。

この時は、Dさんがまだ店に健在だったので、店の手伝いはDさんの姪っ子達が手伝っていたそうだ。

Dさんの姪っ子は、なかなかのギャル子だったらしく、男がわんさかと群がり、それなりに大盛況だったという。

メダカのように流れる人間を見送りながら、マウスキーは何故だかそんな話まで思い出してきてしまった。

これが、ギャル子と三十路の格差なのか──と。



殆ど寄り付かない人たちを眺めている間も、Mさんはそんな事も想定内だという表情だった。

「いったん祭りをまわってウロウロした人間は、確実にこっち側に戻って来る。その時はお腹も好かせていて、手頃に食べれるハンバーガーやフライドポテトを所望するに違いない」という読みであった。

記入漏れをしていたが、食べ物のメニュー以外にも、ホットコーヒー、アイスコーヒー、オレンジジュースなどのドリンクメニューもあったので、これらも併売につながるはずである。

つまり、PLATFOEMの勝負は、前半ではなく、後半にかけたものだったのだ。

そうして、Dさんもいなくなっている今は、秘密兵器のようなギャル子もいないまま、いよいよ後半戦へと突入していった。


つづく。