2013年7月26日金曜日

霊の存在。

ハムレット鑑賞会について語ったついでに、幽霊の思い出話をする事にする。

確かに、ハムレット鑑賞会をした当時、幽霊がいる家にマウスキー一家は暮らしていた。

その家に暮らした年数は、三年間で、真っ黒なマウスキーの中学生時代をまるまるその家で過ごしたわけだ。

何故、そんな家に住む事になったのかというと、マウスキー家はプードル犬を飼っていたので、犬も飼える家でなければ住む事が出来ず、条件に合った家がそこしかなかったという悲運も味方していた。

最初に見た印象は、「古くて暗い」の一言。
ちょうど豪雨の日で、雷も鳴っていたので、薄暗くて、そのせいもあるかもしれない。

さて、引っ越し当日である。

更に驚愕する事態が起こった。

部屋の真ん中には、蛆虫入りの汚く大きいカーペットがデーン! と、丸めて置いてあり、家中には無数の釘が打ち込まれ、畳は血痕で薄汚くなっていた。
倉庫は配線が通してあり、無駄に明かりがつくようになっていた。

隣近所の人によれば、先住者は独り暮らしのおじさんで、夜中になると倉庫で何かの作業をしていたらしい。

その時点で、マウスキー一家の心に灯った怒りの炎。

それは大家に向けられたものだった。こんな汚いものは、引っ越す前に、全部撤去しておけ!と、いうものだ。
早速父マウスキーが大家に抗議。

すぐさま、絶望的に汚かった血痕だらけの畳は、新品の綺麗な畳に交換してもらえた。家中の釘も、父マウスキーが文句を言いながら全て撤去。

蛆虫入りのカーペットは、大騒ぎをしながら、何とかかんとか父マウスキーが焼却処分した。

どうしようもなく汚い挙句に狭い平屋だったが、どうせまた引っ越すし、何とか暮らせるだろう、そんなムードになり、ひとまずマウスキー一家は満足した。


そんなある夜の事である。

マウスキーの部屋は、布団を敷くと身動きが取れなくなるという、可哀想なぐらい狭い部屋であった。

そんな狭い部屋の中、不穏な気配でハッと目が覚めた。

なんと、頭上にいたのは、月明かりに照らされた(本当に月が眩しいぐらい照っていた)、ナメクジの御姿だったのだ!!

真夜中なので悲鳴をあげる事も出来ず、布団の中にナメクジが入ってきたら・・・とか、顔の上をナメクジが横断したら・・・等々の心配事をしながら眠りについた。

翌日も、またその翌日も、ナメクジは現われ続け、さすがのマウスキーも睡眠不足に陥ってしまった。

結局、姉マウスキーの部屋には、一度もナメクジは出ないという証言を聞き、姉マウスキーの部屋へ引っ越しをする事に決め、それからは安眠の日々となった。

・・・・今から思うと、このナメクジですら、幽霊の化身だったのではないだろうか? そう思いたくはないのだが、そんな風に思ってしまう。

他にも怪奇現象は続いた。電気製品がやったら壊れた。物がやったらなくなった。何度消しゴムを買ったか分からないほどだ。

それだけではない。電子機器を繋ぐ接続コードも壊れたのだ。

マウスキー家の管理が悪いようにしか聞こえないが、幽霊のいる家は、物が壊れたり、物がなくなったりするらしい、という話を小耳に挟んだことがある。

他に言うなれば、父マウスキーが事故に合ったのも、この家での出来事だ。

更に、霊感の強い伯母が家に訪れた時、トイレを使用し、「寂しい感じがする」とこぼしていた事があった。

他にも、マウスキー一家が住む家を見たお茶の先生は、供養が必要だと言ったそうな。

そんな、様々な事がありながら、霊感のないマウスキー一家は、何不自由もなく、朝方まで起きていても何を見るわけでもなく、山あり谷ありの家族劇場を繰り広げながら、それなりに住めば都という感じで不自由もなく暮らしていた。

それから三年後、父マウスキーは仕事でとりとり市に戻る事が決定。

霊感の強い伯母もやって来て、手伝ってくれた。忍者の盛んな県から、わざわざ来てくれたのである。

そして、ついに荷造りも終わり、明日には出て行こうという、その日の夜、伯母は見たらしい。

それは、7人の幽霊で、トイレやマウスキーの部屋ではなく、仏間にいたそうだ。寝ていると、上の方をすーっと通っていったとか。少し前の時代の人な感じで、その7人は家族のようだったとコメント。

この狭い家に、7人? マウスキー達は耳を疑った。4人暮らしでも精一杯という狭さなのに、更に3人も追加で暮らしていたとは・・・・

どうやって7人もこの家に暮らせたのか、一体、7人はどのように布団を敷いて寝ることが出来ていたのか・・・・最早雑魚寝か?! 等々と、マウスキー姉妹は要らない心配が色々よぎった。

だが、母マウスキーは、昔の人は、そんなものだと断言。家族も多いし、広くて大きい家に暮らしていたわけではないのだ、と、マウスキー姉妹を説得。

「幽霊などいない」、そんな風に言う人はいるが、この家に3年暮らせば分かる。
幽霊がいたと聞いても、不自然には感じない、寧ろ、「やっぱり、そうか」と、納得してしまうような薄汚い家だった。

それから、言うまでもないが、何から何まで、自分の身に起こった悲運は、全てが幽霊のせいになった。
マウスキーが失敗した卵スクランブルで腹を壊したのも、幽霊のせいだ、とか、シャープペンが壊れたのも幽霊のせいだ、とか、全部そんな感じで納得していた。当然、今は違うと分かっている。


さて、幽霊というのは、やはり問題ではない。

人間が問題なのだ。この家では、特に大家への怒りは、言っても、言い尽くせない。

マウスキー達が大家に良くしてもらえなかった理由は、「家を壊して駐車場にしたい」という大家の主張がある中、仕方なく住まわせてもらっている、そんな状況だったからだ。

だから、大家的には家を綺麗にしたくないし、畳も変えなかった(父マウスキーが変えさせた)。そんな感じだったわけだ。

しかし、数年後のことだ。

久しぶりにその街へ用事があり、街を訪れたマウスキー一家。
あの幽霊屋敷はどんな駐車場になったのかと、高見の見物に行った。

すると、ピカピカになった、あの家が鎮座ましましていたのである。

そして、再びマウスキー一家は大家への怒りを爆発させ、虚しく車の中で騒ぎ続けたのだった。

ちょっぴり切ない思い出である。

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