「どこかに隠れるところはないのか」と、パミーナを助けに来ていたパパゲーノは慌てふためく。
「ここは、正々堂々とするしかない」と、パミーナは覚悟を決めた。
そして、大勢の民衆が二人の元へとやってくる、筈だった──。
このやり取りの間、一秒間が十秒間になったのではないかと思うほど、全てが緩やかに進んでいった。
それもそのはずだ。
女声合唱の連中が、音楽をほぼ覚えたと断言していた彼奴らが、舞台に待機していなかったからである。
上記に記したパミーナとパパゲーノのやり取りがある間、合唱団は崖っぷちに立たされ、いつ谷底に落ちてもおかしくない瀬戸際にいたのである。
自分の動悸が、あれほど明白に聞こえる事も、またとない。
その時、姉マウスキーの方は冷静に状況を判断し、女声合唱の面々を分析していた。
マウスキー姉妹のパートはアルト。
友人Zさんのパートも、アルト。
そして、友人Sさんのパートは、ソプラノだった。
つまり、幕が上がってしまえば、Sさんは一人でメロディーラインを歌いあげなければならなくなってしまうのだ。
最悪、そうあってはならないと、姉マウスキーは判断した。
もはや、自分がソプラノを歌って、この場を収拾するしかあるまい・・・。
そして、その後に気づく。
姉マウスキーは、ソプラノがどんなメロディーラインで歌っているのか知らなかったのだ。
こいつは困った──。
そして目に止まったのが、ソリストのアンダーでもある歌唱力を持つ、友人Zさんの姿だった。
そうだ、彼女ならば、ソプラノを急遽歌う事が出来るはずだ・・・。
そして、正に姉マウスキーが「Z・・・」と言いかけた、その時である。
ドダダタダ、ドンドンドン、バタタタタタ、バタバタバタ!!!
ジュマンジ来たか!?
と、錯覚するほどの勢いで、女声合唱の人々が舞台に駆け上がってきたのである。
これは、本当に物凄い足音の轟音と共に、入ってきた。
その時、幕はすでに上がり始めていたので、きっと観客席からは駆け込む合唱の足は見えていたはずである。
だが、もはや全員が定位置にたどり着くのを、オーケストラは待ってはくれない。
The Show Must Go On!である。
「バンザーイ、バンザーイ、偉い坊さん(本当はザラストロという名前がある。面倒がって紹介しませんでした)!♪」※読み返してみたら、ちゃんと紹介してました。
とうとう、讃え歌いながら、肝心な偉い坊さんのザラストロと肩を並べて舞台に上がり込む女声合唱の連中。
そして、歌い終わった後に、「どう? プロ意識高く、やりおおせたわよ」と、どや顔のまま定位置についたのである。
どや顔じゃないだろ。
この偉い坊さんのザラストロと肩並べて入るなんて、国家主席の方々と肩並べて「ようこそー、今自分も着いたところー」みたいなノリで言っているようなものだぞ!?
しかし、指揮者もタクトを止める事は出来ないし、誰一人と舞台を途中でやめさせて「今のとこ、何?」と、確認する事は出来ない。
そのまま、何事もなかったかのように、舞台は進んでいった。
勿論、その幕が終わった時は、当然ながらマウスキー等四人は生きた屍と化していた。
それだけではなく、友人のZさんなどは、お上から「何故合唱団を統率しなかったのだ」と、いわれのないお咎めまで受けたのである。
これほどまでの被害、人災を与えた女声合唱の奴らは、どんな申し訳なさそうな顔でミジンコのように小さくなっているだろうと、想像した。
ところが、本当にミジンコレベルなのかと思うほど、欠片も反省していない人がほとんどだった。
「何とかセーフでしたよね!(^_^;)」
「私なんか、間に合わなくって、舞台に上がる階段のとこで歌っちゃった(*^-^*)」
「でも、凄かったですよね、何とか間に合ってwwwwwwww」
そんな、ミジンコレベルの会話で盛り上がっている控室に、舞台監督が「さっきのは何だったんですか?! 大丈夫なんですか?!」と、確認に来られた。
当然だ。
全員土下座をし、額が擦り切れるほど床に頭を押し付け、「二度としません、申し訳ありません、絶対に次は責任もってやります。ご迷惑をかけてしまいすみませんでした」と、平に、平に謝るがいい。
だが、彼らは「大丈夫ですけど?」と、傲岸不遜にも謝罪の気配はなかった。
「もし、同じ事になったらどうする?」と、マウスキー達はこそっと会話をした。
「また同じ事をするようなら、死んだ方がいい」と、マウスキーは声高に言った。「もし、自分が同じ事したら、そう思う」
それは事実だ。
しかし、さすがに本気で死んだほうがいい人間はいなかったようだ。
二度目の出番の時、それはつまり、フィナーレになるのだが、ちゃんと全員がそろっていた。
いや、それは当然であるはずだ。
とにかく、冷や汗は出るわ、胃が痛くなるわ、人の分まで申し訳なくなってミジンコな気持ちになるわ、とても大変な思い出である。
ところで、更にとどめがあった。
「今回参加された方にアンケートをお願いします」
と、いうものがあった。
アンケートを書くなら、女声合唱は謝罪文を出すべきだ、そう横目で見てマウスキーは書かなかった。
ところが、アンケートを書いた面の皮が厚いにも程がある女がいたようだ。
なんと、アンケートを書く欄に余白がないほど、「あれがダメだった、これがダメだった」と、文句を書き並べたというのだ。
何が駄目とか言う前に、舞台に間に合わなかったお前が駄目だろ・・・・。
もう、何を言っても駄目なのだ。
ちなみに、この思い出の中で、一番怒りを感じていたのは、ソプラノのSさんだった。
彼女は一人で歌わされるところだったのだから、当然である。
後日、この事を思い出したSさんは、「千年の恨み・・・」と、コメントしていたらしい。
マウスキー達はというと、ただ、ただ、恐ろしかったという、思い出だけが残ったのである。
ただ、恐怖以外に残ったものといえば、一つの教訓だ。
合唱は、メンバーが大事。
再々改めて、心に刻んだ。
おしまい。
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