酒転童子とは、忘れたかもしれないが、最初に紹介した閉店間際にやって来る、常連客のM.Iさんの事である。
彼のペンネームでもあった事を思いだしたので、今回からは酒転童子さんと呼称させてもらう(何故その名前なのかは、うんと後になってから説明する事になる)。
最初の頃の酒転童子さんの印象は、コーヒーはブラックで飲む酒転童子さん、と、覚えている程度で、特に会話をするという事はなかった。
ところが、笛のコンサートが終わった時、Mさんが「マウスキーさんは笛をやりますよ。音楽の話が出来るんじゃないですか?」と切り出したのである。
すると、酒転童子さんは、目をキラリと光らせると、「ほほう! そうですかな!」と、元気良く話し始めた。
「実は、僕はジャズバンドも前までしてましてね。昔はブラスバンドもしてたんですよ!」と、喋り始めた。
音楽の話をするのが嬉しかった酒転童子さんは、そのまま止めどなくクラシック音楽の話をし始めた。
「昔、J・S・バッハの勉強会をした事があり、そちらがなかなか評判が良かったんですわ。またやりたいと思っているんだけど、なかなかみんな忙しくてねー」
と、酒転童子さんが語っていたので、マウスキーは頷きながら、「いいですね。したらいいんじゃないですか?」と、一声かけた。
すると、「そうですかな?」と、酒転童子さんは嬉しそうに言った。
そして、その日はそのくらいの軽い話題で終わったのだが、翌日の事である。
しばらく経った時である。
酒転童子さんが、分厚いファイルと、バッハのCDを持ってきたのだ。
「ん?」と、不思議そうに思いながらマウスキーはそちらを受け取ると、彼はキラキラした顔で、
「こちらが、この間言ってたバッハの資料ですわ。CDを聴きながら、みんなで意見を言ったりするんです。で、そっちのファイルはバッハについて書かれた参考文献からの資料です。それで、日にちはいつ頃がいいですかな?」と、いった具合に話をぐんぐん推し進めていくのだった。
何とも不思議な気持ちになったマウスキーは、実際忙しかったし、「いや、店が終わったら帰らなければならないんです。なかなか難しいです」と、勉強会の出席を断った。
だが、酒転童子さんは引き下がらなかった。
「あー、ちなみに僕はいつでもいいですよ。今のところ、勉強会に参加するのはマウスキーさん一人なんで、日にちは合わせられますよ」と、いった具合である。
「日にちを検討しておきます」と答え、その場はやんわりと終わらせた。
そして、翌日、マウスキーはオーナーのMさんに、「何故マウスキーが、いつの間に酒転童子さんのバッハの勉強会を受ける事になってるのか、よく分からない」という相談をした。
Mさんは、「聞く気がないなら、忙しいので、ちょっと分からないですって言って、引き延ばして、いい加減に断ったら?」と、提案してくれた。
申し訳ない気持ちでいたが、仕方がない。
もしも、知られざる、こんな凄いバッハがいたという感じの別バッハについての話なら面白さを感じられたのだが……J・S・バッハについてのあれこれ話には、どうも興味を感じなかったのである。
そういうわけで、マウスキーはMさんの助言通り、酒転童子さんに、「すみません、忙しくて、ちょっと今のところは、なかなか日にちが取れないです」と、申し訳なさそうに断った。
すると、酒転童子さんは、「そうですかな。それは仕方ないですな。じゃ、また機会があったら。その資料は差し上げるんでね、読んでみて下さい」と、あっさり話を終わらせてしまった。
酒転童子さんは色んな事を掛け持ちしているらしく、とっても忙しいらしい(飲みに行ったりも忙しいようだが)。
だから、本当にマウスキーのバッハ勉強会がなくなっても、そんなに気にしなかった。
あんなに気を使ったのに…無駄に気を使ってしまったわけだ。
結局、本当に気にしなかった酒転童子さんは、翌日からも色んな事の考察や研究した事のまとめのプリントを、Mさんとマウスキーに持って来て見せてくれた。
このプリント、面白い時もあれば、特に面白くない時もある。
だが、全てが手書きで、酒転童子フォントにすれば良いのにと思うほど、綺麗な字に、いつも感心させられた。
字の感じが、ちょうど、妹尾河童に似た感じがする。
そんな勉強熱心、研究熱心な酒転童子さんには、唯一無二の仲良しの友達がいた。
その友達の名前は、クラアサさんという、真っ黒な髪で、眼鏡をかけた年齢不詳のおじさんであったが、彼は常人とはとても思えない力を秘めたおじさんだった。
2018年10月10日水曜日
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