つまり、オーケストラと合唱団の中に、それぞれに曲者が侵入していたというわけである。
もちろん、それは誰の耳にも明らかな存在であったのだが、単に「物凄い下手なクラリネットの奴がいた」と、いう認識でしかなかった。
Tomokoさんの話を聞くまでは──。
彼女は、そのクラリネットによって楽園を崩壊の危機に陥らせたモンスターについて、よく知っていたようだ。
その人は年配の男性で、本番の少し前まで病気により、入院していたらしい。
だから、クラリネットのトップは上手に演奏出来る若い人があてがわれていたのだ。
ところが、この年配の男性は、本番間近になって、自分も出ると言い張り、挙句の果てに若い人を追い払って、自分ながクラリネットのトップの座についたのである。
これで、クラリネットの美味しいところは総なめする事が出来るというわけだ。
だが、寸前まで入院中であった彼は、そもそもの練習が出来ていない。
それに、体力も完全に戻っているわけではないので、ベートーヴェンのバイタリティに全然ついていけていないのだ。
そのせいで、演奏中に、何とも締まりのない、情けない音が時々「プヒッ」とか、「ポヘッ」とか大胆不敵に聞こえてくるというわけだったのである。
他の人がどんなに上手に吹いても、「ポヘーッ」と音を出す彼のクラリネットは、どんなに指揮者の先生が熱意を持って指導しても、合唱団が酸欠になって倒れかけようとも、関係なく全てを水の泡にする魔力を持っていた。・
果たして、こんな許されない事があってもいいのだろうか?
しかも、入院していたが、第九に無理矢理割り込んで、若い者からトップの座を奪った事について、打ち上げの時に得意満面に自慢していたそうだ。
Tomokoさんは非常に腹を立てていた。
常識人ならば、入院をずっとしていたら、周囲が「参加されるだけでも、しませんか?」と声をかけてきても、「いやいや、自分は足手まといになりますから。でも、聴きに行かせていただきます」と、言う事だろう。
ベートーヴェンの音楽とシラーの言葉がコラボした時、常識を全て打ち破る恐ろしいモンスターを創り出すという事が、今回の事で分かった。
どんなに好き放題していても、「気に入らない奴が、立ち去ればいい」と、言うのだ。
もう、そうなったら戦いしかない。
ベートーヴェンの第九は、戦いだ!
他の仲良し合唱団とは訳が違うどころか、オーケストラすら信用が出来ない。
これこそが四面楚歌か・・・・。
それが、今回の教訓である。
「市民で参加をする第九」等に出たいと思う人は、まずは戦闘能力をあげ、どんな事にもめげないメンタルで挑まなければいけない。
少なくとも、今回のとりとり市の第九は、それほどまでに厳しい環境の中で築いた楽園であった。
ソリストはどうだったか?
一度も触れていなかったのが、非常に素晴らしすぎました。
それゆえに、「プヒヒ~」「ポヘッ」と音を出すクラリネットがいたり、メタル調に叫びつづけるおばさんがいたりした事が、より鮮明に厳しかった戦場を思い出させてくれるのである。
おしまい。
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