途中、何度か立ち止まり、「まだゴールが見えない・・・」と、くじけそうになりながらも、我ら三人はカラヴァッジョやベルニーニやリッピのために、黙々と登り続けた。
もはや、無言で階段をひたすら上がる。 見たところ、スロープに近い階段だった。 |
どのタイミングで出そうか迷ったライオンの写真。 目が恐いです・・・。 |
口数が完全に減った時、やっとの事で入口のドアに到着した。
まるで事務所のような、地味な入口だったような気がする。
ドアを開けると、親切でフレンドリーなおじさんが受付をしていた。
当時の入場券。 そう、この名画に出会うために、我らはここまで来たのだ。 |
チケットを購入した後、その、フレンドリーな受付のおじさんが、ガイドをしてくれると言い出したのである。
何て親切な人なんだろう!
ちなみに、そのおじさんは、英語で説明してくれたのだが、大した英語力ではないマウスキーにまで分かりやすい言葉で教えてくれた。
何て親切な人なんだろう!
ちなみに、そのおじさんは、英語で説明してくれたのだが、大した英語力ではないマウスキーにまで分かりやすい言葉で教えてくれた。
緑や赤や青の色には意味があり、象徴しているものがある、とか。
そして、何の流れだったかは忘れたが、
おじさんが「では、サンタンジェロ城は見ました?」と、聞いてきた。
我ら三人は、どや顔で「初日に行きました!」と返答。
すると、おじさんは「素晴らしい」と褒めてくれたのである。
いやー、現地の人に褒められると、とても嬉しいものだ。
では、ゆっくり鑑賞するか・・・と、我々三人は、再び各々のペースで絵画を鑑賞しはじめた。
しかし、さすがに何と言っても、疲れていた。
通路を抜けると、とても広い広間に到達する。
その部屋の中央には、長椅子が設置してあり、人々はその椅子に寝そべって天井画を鑑賞するようになっていた。
では、我ら三人もそうしてみよう。
そうしたが最後であった。
そもそも日々の疲れがたまっていた為か、寝心地の良い椅子に寝そべったら、もう動けなくなったのだ。
天井画が素晴らしすぎたという事もあるのだが、本当に十数分はその場に寝そべったり座ったりしたまま、ピクリとも動けなくなった。
・・・いい加減、動くべきか・・・そう気づいて、やっとの事で起き上がり、再び絵画鑑賞に戻った。
修復中の物も、出張中の物もなく、見たかった絵画を観る事が出来て、眼福の至りであった。
帰り際に、例のガイドをしてくれたおじさんに軽い挨拶を交わし、我らはバルベリーニ宮殿を後にした。
午前中までは、イタリア人はみんな高慢知己だと思っていたのだが、どうだろう?
こんなにいい人もいるのだ。
本当に詳しい人というのは、このように親切丁寧に教えてくれるばかりか、拙いながらも勉強している人に対して、実に暖かい目で見てくれるものである。
そんな風に感動している道すがら、ちょっと常々気になっていたものを撮影しておく事にした。
ローマの信号。 |
こんなアングルからも撮影。 |
何が気になったかというと、信号の赤が、緑と黄色の二倍の大きさをしていた事である。
つまり、どういう事かというと、
止まれ
注意
進め
と、いうインパクトである。
そんなに信号無視が多いのか?と、思ってしまう信号機であった。
そんな事に感心しながら、次に向かった場所は、スザンナ教会である。
はい、覚えてません。
バルベリーニ宮殿で全ての余力を出し切ってしまったため、スザンナ教会の記憶が一切ないのである。
でも、一応は行っていたのは確かである。
到着したという証拠写真。 |
「我、ここに居たりけり」という証拠写真もある。 |
しかし、その時は確実に「欲をかいて詰め込んだけど、やっぱり来て良かった」と、感動をしたとは思う。
覚えていないだけで・・・
さて、ここで観光はとうとう終了という事になった。
さすがに、夜は「トスカ」を観劇しなければならないので、鋭気を養っておかなければならない。
そんなわけで、我らはホテル「キング」に戻るために、Uターンをし始めたのだが・・・
再び迷子。 Tomokoさんが一生懸命に道を聞いてくれていた。 |
その時、人見知りのマウスキーは、ただでさえ知らない人は苦手な挙句に外国人なので、離れで警戒して様子をこのように見ていた。
構図を変えてオレンジの木を撮ってみたり・・・ |
そうこうしている間に、道が分かったらしい。
我々は一旦、テルミニ駅に戻る事にして、そちらの道順を歩き始めた。
しかし、この時からマウスキーは何か不穏なものを腹部に感じていた・・・
トイレに行きたい・・・が、トイレがどこにもない・・・
つづく。
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