2017年3月30日木曜日

「第九」~とりとり市の楽園は厳しかった。─ その2

運命の出会いは、パート練習の最終日に訪れた。

いい加減に覚えてしまわないといけないとは分かっているものの、そんなに簡単なレベルではない挙句に、ドイツ語ときているので、本当に時間がかかった。

しかし、最終のパート練習できっちりと覚えてしまいたい、そう思っていた。

ただ、音が取れていない段階で、やったらとドイツ語の発音についての指導が多かったため、音よりも発音重視な傾向がアルトパートの人たちの間に出来ていたようである。

強烈に、「フロイデ!♪」を巻き舌入りで言う、とか、「ガンツェン・ヴェルト!♪」のところも、はっきりと強烈に発音する、等々の意識が強すぎたのだろう。

そんな事が思わぬモンスターを生んでしまったという事に、誰も気づきはしなかったのかもしれない。

だが、気づいた時は、もう時は既に遅かった。

そのモンスターは、アルトパートの通し練習をしている時、突然と産声を上げた。

ガーンツェーンヴェルト!!

一体何事だ!?

思わずマウスキー姉妹は息が詰まりそうになった。

想像もしていなかったタイミングで、何者かが金切り声で叫んだのだ。

その時、指導の先生が「今のところをもう一度歌ってみましょう」と、言い出した。

確かに、もう一度歌えば、先ほどの叫びがただの空耳なのか、現実での叫びなのかが分かるであろう。

そして、歌いながら耳を澄ませて聞いていると、再び同じ場所にやってきた。

緊張の中、人混みの中から、やはり聞こえてきたのである。

ガーンツェーンヴェルト!!

やっぱり聞こえたぞ!!

その後は、完全にマウスキー姉妹は泥沼にはまり、歌えなくなってしまった。

練習が終わった後、マウスキー姉妹はとても愉快痛快な気持ちで家路に着いた。

ベートーヴェンの「第九」で、あれほどまで音程をなくした、ただの叫び声を一度も聴いた事がなかったからである。

面白い話だが、どんな人が叫んでいるのかは結局分からなかったし、勿論、あんな金切り声のような、「ヴェルト!!」とか叫ぶ人の隣では歌いたくない、そんな風に気楽に会話をしていた。

そして、本番の日を迎えたのだが、どうやら運命は我ら姉妹に想像を絶する試練を与えるつもりだったらしい。

本番前のリハーサルの時、本番通りに頭から通して歌うわけなのだが、もう歌いだしの時からマウスキー達は気づいてしまった。

そう、背後に立っていたおばさんこそ、何を隠そう、「ヴェルト!!」と金切り声をあげていた、その人だったという事を。

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